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英雄伝説 III 〜 白き魔女 〜  バレあり感想

おこーんばーんわー。ぐらすです。さてさて、短期集中連載「英雄伝説語り」も、これまで二回を消化。今回からは、各種コンシューマ機でリメイクされてきた「ガガーヴ・トリロジー」について語ってみたいと思います。

ということで書き始めたのですが、前回の感想でも触れていたとおリ、やはりIIIからVまでを一回分にまとめきるのは無理でした。なので、今回は基本的にはIIIについて語ってみて、IVとVについては書きながら判断していく方向で。


■プレイ環境について

この「ガガーヴ・トリロジー」は「英雄伝説III - 白き魔女」「英雄伝説IV - 朱紅い雫」「英雄伝説 - V海の檻歌」の計3作品を指すのですが、このシリーズ、今までPC98、プレステ、SS、WIN、携帯アプリ、PSPと何度も移植されてきた、隠れた人気作だったりします。

それはそれで喜ばしいことなのですが、移植の過程でゲームシステムやシナリオに手を加えられたケースがあって、プレイする環境によっては受ける印象にズレが生じることもあったりなかったり。特に大きいと言われるのは「朱紅い雫」のPC98版→WIN版の変化なのですが、システム面ではかなり、難易度調整の面ではとてつもなく大きな修正が加えられているんですね。(PC98版の難易度は鬼)。

もちろん、環境の差がほとんど影響しないケースも多い(と聞く)のですが、一つ一つ整理していっても埒があかず。ですから、ぐらすとしては今現在もっともスタンダードと思われる(のはPSP版かもしれませんがPSP持ってないので手元にある)WIN版をベースに語っていこうかと。それ以外の環境でプレイされた方と、微妙にズレることがあるかもしれませんが、何卒ご理解を。


■ネタバレについて (注意!!!!)

今回のガガーヴ・トリロジーから「ネタバレあり」「ネタバレなし」のページを分けました。
お好きなほうを選んで、お読みください。


■世界設定(地理)

このガガーヴ・トリロジー(英雄伝説III&IV&V)で舞台となる世界は、IとIIで舞台となったイセルハーサとはまったくの別物。何のリンクもしていない別世界が舞台になります。

三作品それぞれの舞台となる場所は、共通した一つの世界として存在はしています。奥歯に物のはさまった物言いですが、こんな物言いになってしまうのは、IIIの舞台となるティラスイール、IVの舞台となるエル・フィルディン、Vの舞台となるヴェルトルーナが、空間的にはつながっているものの、交流はまったくなく、互いの存在すら知らない世界ということになっていることが原因になります。

というのも、これら三つの世界を分断する、物理的な障害が存在するんですよ。一つは、大地に大きく開いた断崖、ガガーヴ。もう一つは、天高く連なる峻険なる山脈、大蛇の背骨。この二つが各世界の間に横たわり、交流を妨げているわけです。

ちなみに、イメージで言うと「⊥」な感じ。右上がティラスイール、左上がエル・フィルディン、下がヴェルトルーナ、横棒が大蛇の背骨、縦棒がガガーヴ。そんな具合になっているのですが、やはり気になるのは、縦棒の位置に存在するガガーヴ。シリーズタイトル「ガガーヴ・トリロジー」の名の由来にして、三つの物語をつなぐ「謎」が眠る場所、ということになりますが、それはまた少し先の話。ネタバレ全開になるしねー。


■世界設定(時間)

そんな感じで地理的な特徴を押さえてもらえましたら、次は時間の流れをば。ストレートにIII→IV→Vと進むのではなく、IV→V→IIIという順で進みます。IVとIIIの間は約5年、IIIとVの間は約50年。

発売された順番と時間の流れが異なるため、人によっては「時間の流れに沿ってプレイした方がいいよ」という人もいれば、そうではなく「発売順にプレイした方がいいよ」という人もいるのですが、ぐらすが提唱したいプレイルートは「III→IV→V→III」だぜコンチクショー!

というのも、Vは世界設定すべてにおいてネタバレしまくりな内容なので(シリーズ最終作なので伏線回収せにゃならん罠)、最後にプレイする方が良いでしょう。IVの直後にVをプレイした方が色々と熱い場面もありますから、IVをプレイするのはVの直前が望ましいかと。

このように、最後にプレイするのがVで、その直前にIVをプレイするのならば、必然的に、最初にプレイするのはIIIということになります。つまり、発売されたIII→IV→Vの順番でプレイするのが望ましいというわけですね。

ですが、IIIが最も遅い年代の話になることを考えると、IVとVの歴史を踏まえ、トリロジー全体の謎も理解した上で、時間的に最後となるIIIをプレイするのも、かなり激熱なんですよ。IIIのラストは、IVやVの物語の上に成立しているわけですから。

そう考えると、最初にIII→IV→Vとプレイした上で、最後に+αでIIIをもう一度プレイ。これが最強。この順でプレイすると、おそらく最後のIIIエンディングでは「ゲルドたんがーゲルドたんがービェェェーン つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚」なことになるかと思われます。断言はできませんが、少なくともぐらすは、それが一番燃えました。


■英雄伝説III 簡単サックリ導入編

さてさて、舞台となる世界の概要はつかんでいただけましたでしょうか。概要をつかんでいただけましたら、お次は内容的な話にGO。とは言っても、まずはネタバレにならない程度の作品紹介になります。ゲームのケース裏面に書いてあるような内容ですが、ザックリと紹介をば。

先に説明したように、この「英雄伝説III - 白き魔女」は、ティラスイールの地を舞台に繰り広げられることとなります。時間的に見ると、3作品の中で最も遅い時代。この前に位置づけられるVから見ると、かれこれ50年後のお話ですね。Vで青少年だった人間が、IIIではシワクチャ爺さまになるくらい、とイメージしていただければ。

主人公となるのは、泣き虫ジュリオ14歳と、おてんばクリス15歳。村の成人儀式として、二人がティラスイールを一周する、古式ゆかしき巡礼の旅。それが、このIIIの物語になります。

この「巡礼」の旅というのは、古に存在した「魔女」たちの巡礼を模倣したもので、現在では、巡礼地としてティラスイールに5箇所ある「シャリネ」と呼ばれる聖地を、儀式用の「銀の短剣」を持った少年少女が巡る、という形で行われています。

もっとも、この巡礼、今では非常に珍しい習慣になっていて、ジュリオとクリスが育ったラグピック村以外ではほとんど実施されることがなく、ラグピック村でも巡礼実施は5〜10年ぶり。簡素化された「巡礼」の習慣は、各地にも残っているようなのですが、銀の短剣を携えての古式ゆかしき巡礼の旅となると、それはもう非常に珍しい習慣になっているわけですね。

ちなみに、IIIの作中で明言されることはありませんが、そんな廃れた風習がなぜラグピック村という山あいの寒村に残ったのかについては、理由があるようで…


■魔法の鏡

ということで、そんな古式ゆかしき巡礼の旅にジュリオとクリスは旅立つわけですが、その巡礼の旅の中で、ジュリオとクリスは、未来を示す二つの事象に出会うことになります。

一つは、シャリネにある「魔法の鏡」に映しだされる映像。ジュリオとクリスが巡礼で訪れるシャリネには、魔法の鏡と呼ばれる装置があるのですが、この不思議装置、巡礼用の「銀の短剣」を祭壇に置くと、巡礼者に不思議な映像を見せてくれるんですよ。

伝承によると、鏡は旅人に来るべき未来の「可能性」を見せるらしく。ジュリオとクリスも、来るべき未来の可能性、なのかどうかはわかりませんが、とりあえず不思議な映像を見ることになるわけです。

もっとも、魔法の鏡に映る映像は、直接的に未来を伝えるような具体的な映像ではなく、暗喩のようなものにすぎません。時おり核心めいた映像も映ることは映るのですが、ジュリオとクリスの持つ知識からは、その映像が何を意味するのかを理解することができなかったりします。

言ってみれば、映し出された「未来」が目の前に現れた時、はじめて「あーこういうことだったのね」と理解できるようなレベルであって、見た時点では「何だかわからんもんが映ってるなー」程度のものにすぎないわけですね。その程度の映像を見せるのが「魔法の鏡」だと思ってくださいな。


■予言

そんな魔法の鏡とは別に、ジュリオとクリスが出会うこととなる、未来を示すもう一つの事象。それが、予言。

ある人物がティラスイール各地に残した、謎めいた予言の詩。ジュリオとクリスは行く先々で残された予言の詩を聞き、そこに秘められた「未来」を知ることになります。

予言を残した人物は、20年ほど前にティラスイール全土を旅した一人の女性。その女性は、こう呼ばれました。白き魔女、と。

白き魔女と呼ばれたその女性は、古の魔女と同じようにティラスイール全土を巡り、行く先々で予言を残しました。良い未来も。悪い未来も。そんな彼女も、いつしか人々の前から姿を消し、今では言い伝えの一つとして語り継がれるのみ。彼女がどこへ消えたのか、それを知る者はなく…

ジュリオとクリスは、巡礼の旅の中で、魔法の鏡の映像だけでなく、白き魔女の残した予言とも出会うことになるわけですが、その二つによって示される未来は、やがて二人の前に現れることとなります。初めはそれぞれに独立した「未来」を示していた二つの事象。けれど、次第に二つは重なりあい、一つの来るべき「未来」を示すことになります。


■未来とは?

魔法の鏡と魔女の予言は、ジュリオとクリスに、ティラスイール各地を天災や人災が襲うことを示唆します。テグラ地方の飢饉、ダーツ村の衰滅危機、巨大海獣による都市破壊、シフール地方の森の衰弱、フィエンテ国の内乱、商都ギドナの腐敗、そして、フォルティア国による世界侵略戦争。

これらはどれをとっても大ゴトなのですが、巨大海獣による複数の都市破壊、フィエンテ国の内乱、商都ギドナの腐敗、フォルティア国による侵略戦争については、偶発的に起こったものではなく。裏で糸を引く存在が見え隠れすることとなります。

その存在とは、フォルティア国の宮廷占星術師レバスと、王妃イザベル。

パッと見では二人して不倫ラブラブ世界征服を企んでいるように思えるかもしれませんが、事はそれほど俗っぽいものではなく。簡単に言うと、天災や人災を誘発することで、世界に嘆きや悲しみといった負の想念を蔓延させ、それを餌に「あるもの」を召還しようというのが二人の狙いになるわけです。


■あるもの

ジュリオとクリスは、最後の巡礼地であるオルドス大聖堂の魔法の鏡によって、その「あるもの」が何かを知ることになるのですが、それは「ラウアールの波」と呼ばれる事象。

秘中の秘として残された伝承によると、一つの文明が崩壊する際に現れる事象で、簡単にいうと「破壊のエネルギー波」だったりします。とはいっても、実は「エネルギー波」ではないのですが、とりあえずIIIの時点ではそんな感じに描かれているので、今はそう理解しておいておくんなまし。

さてさて、占星術師レバスと王妃イザベルに話を移して。そんな危険物を、なぜ二人が召還しようとしているかというと、世界を破壊して再生するため、ではなくて。

実は、レバスとイザベルの故郷はティラスイールではなく、かといってIVの舞台となるエル・フィルディンやVの舞台となるヴェルトルーナでもなく。二人の故郷は、次元の異なる「異界」と呼ばれる世界だったりします。そして、その世界において、今まさに「ラウアールの波」が臨界点に達し、世界のすべてを破壊しつくさんとしているんですね。

そこで、異界の民は「ラウアールの波」を処理して滅びから逃れようとし、レバスとイザベルに運命を託して、危険物である「ラウアールの波」をティラスイール側へとポイしちゃう計画を立てたわけです。

その計画のために必要だったのが、ティラスイール側の動乱。

ラウアールの波には、嘆きや悲しみといった「負の想念」に引かれる性質があるのですが、レバスとイザベルはその性質を利用して、ラウアールの波をティラスイール側に送り込もうとしたわけです。天災や人災によってティラスイールに負の想念を蔓延させれば、蔓延した負の想念を取りこもうとして、ラウアールの波はティラスイール側へと移動するだろう。そうすれば「異界」は救われるだろう、と。


■巡礼と魔女

というのがレバスとイザベルの計画だったわけですが、とはいえ、いくら自分たちの世界を救うためでも、他の世界を犠牲にしていいものか?と考える異界人がいなかったわけではなく。

ティラスイール側の世界はどんな世界なのか、そこで暮らす人々はどんな人たちなのか。それを見極めた上で事を為そう。そう考えた一部の異界人が、ティラスイール側の世界へとやってきて、世界を見て回ったのです。それが、魔女の巡礼。

もっとも、巡礼の結果、レバスとイザベルが計画実行のためにティラスイールへとやってきたわけですから、異界の民の多くは、ティラスイール側を犠牲にしての異界救済に踏み切ったことになります。

ですが、異界人のすべてがそれを是としたわけではなく。ティラスイール側を犠牲にせず、かといって異界を滅ぼすのでもない、第三の道を模索しよう。そう考え、動いた者もいたのです。その一人が、白き魔女。名はゲルドと言います。

それと、一点つけくわえますが、魔女の巡礼は見極めを目的としたものだったと書きましたけど、実は、巡礼の目的が「見極め」になったのは、計画が持ちあがった20年ほど前からのものにすぎなかったりします。それ以前、それこそ数百年前からつづいていた魔女の巡礼には、それとは別の目的があるのですが、それはまた別の話。あくまで「近年の」魔女の巡礼が「見極め」を目的としたものだった、ということでご理解を。


■白き魔女

白き魔女、ゲルド。彼女には、生まれもった能力がありました。ゲームのオープニング段階で明かされることですが、それは予知能力。そのまま進めば、どんな未来が訪れるのか。その人には、世界には、自分には、どんな未来が訪れるのか。彼女はそれを知ることができたのです。

ただし、これは「魔法の鏡」の映像にも言えることなのですが、彼女の予知にしても魔法の鏡の映像にしても、それは確定した未来ではありません。上で「魔法の鏡」について説明したときにも触れましたが、それらはあくまで「可能性」にすぎず、確定した未来ではないのです。

彼女には、すべてが見えていました。イザベルとレバスがどう動くのか。その結果、ティラスイール側の世界はどうなるのか。けれど、それは確定した未来ではなく、その時、その場所にいる人々の力で、変えうるものでもありました。

そこでゲルドは、ティラスイール各地に、指針となりうる言葉を残しました。将来どんなことが起きるのか、何が原因なのか、避ける方法はあるのか。

悪しき未来を連想させる言葉を残すのですから、その地の民から迫害されることもあります。イザベルとレバスの計画を妨げることになりますから、彼らの反感も買いました。多くの異界の民からすれば、裏切りともとれる巡礼の旅。その結果、自分にどんな未来が訪れるのか。それを知りながらも、彼女は巡礼の旅をつづけたのです。

そして彼女の旅は、終わりのときを迎えました。自ら予見したとおり、雪の舞い散る街道で、降り積もった白銀を紅に染めて…

動いたのはレバス。計画の妨げになりうる彼女を排除しにかかったわけですね。

ですが、ゲルドはレバスがそう動くことも承知の上で、すべてを受け入れ、ある一つの事を為していました。自らの死を使い、イザベルとレバスの目をそらす。そこに生まれる唯一の隙。その隙間に、ゲルドはある一つの「希望」を残していたのです。

そして現代。少年と少女が、ティラスイールを巡ります。


■ガガーヴ

古式ゆかしき巡礼の旅をつづけるジュリオとクリス。二人は、魔法の鏡とゲルドの予言によって、レバスとイザベルの計画を知り、それを止めるべく、フォルティアの王城へと向かいます。そこで物語りはクライマックスを迎えるわけですが、その前に、押さえておきたいもう一つのポイントがあるんですよ。

それが、ガガーヴ。

世界設定の項目で簡単に説明しましたが、ガガーヴとは、どのくらいの深さがあるのかも測定できないほどの、深い亀裂。大地に大きく開いた断崖なのですが、このガガーヴ、実は地殻変動などによって自然発生したものではありません。

クリスの叔父さんに「ハック」というスチャラカなオッサンがおりまして、白き魔女と彼女の残した予言について研究しているのですが、彼の調査によって、ガガーヴとは「ある一つの事象」が原因となり、IIIの時代から遡ること1000年ほど前にできたものであることが判明します。

その「ある一つの事象」とは、ラウアールの波。


■罪

つまり、1000年前にも一度、ティラスイールにラウアールの波が押し寄せ、世界は滅亡の危機を迎えていたわけです。

ただし、その時は「ある手段」をもって「ティラスイール側の世界から」ラウアールの波を消すことに成功していたため、ガガーヴ程度の被害で済んでいたようです。暴走した波の一部が大地を穿ち、ガガーヴ規模の破壊を呼んではいるのですが、少なくとも、世界の消滅は避けられたわけですね。

ですが、それほどの事を為すのにノーリスクで済むわけもなく。

ポイントとなるのは、前記した「ある手段」「ティラスイール側の世界から」という表現です。勘の鋭い方なら、この表現を見て気づかれているかもしれませんが、1000年前にラウアールの波を「ティラスイール側の世界から」消し去った「ある手段」とは、今回、レバスとイザベルが、異界の民が選択したのと同じ手段。

すなわち、別の世界への転送。そして、ティラスイール側の世界からラウアールの波が転送された「別の世界」こそが、他ならぬ、異界。

1000年前。正確には992年前のことですが、ティラスイールの暦でいう「ガガーヴ暦元年」のこと。ティラスイールの民は、世界に押しよせたラウアールの波を異界へと送ることで、難を逃れました。その真実は、時の流れによって、ガガーヴの底へと秘されました。今では語り継ぐ者も姿を消し、後に残るは、罪の証たる大地の傷跡のみ。

それが、1000年の時をこえて、今、ティラスイールへと送り返されようとしているわけです。

ですから、イザベルやレバスの行動を、単純に「悪だ」と言うことはできません。彼らにしても、そして1000年前のティラスイールの民にしても、自らの世界を救うため、大切な者を守るために、その時その場で選びうる数少ない道を前に、苦渋の決断を下したにすぎないのです。

それは、最終決戦前後のイザベルの言動の端々からも窺い知ることができるでしょう。

自分が倒れれば、ラウアールの波がティラスイール側に召還されることはなくなるかもしれない。結果、異界が滅びることになるかもしれない。その可能性を承知の上で、なお、イザベルはジュリオやクリスたちにチャンスを与えました。彼女もまた、自らの選択が絶対的に正しい道だとは思っていなかったのでしょう。

だから、イザベルはこう言ったのです。

罪は誰にでもあります と

ただし、厳密に言えば、1000年前(ガガーヴ元年)と現代とでは、状況は少し異なります。異界からレバスやイザベル、魔女たちがやってこれたことから明らかですが、1000年前にラウアールの波を送りつけられた異界は、実は滅びていません。

ですから、その意味では、今回の「罪」と1000年前の「罪」とでは、その性質は異なると言えるでしょう。あくまで「異なる」というだけで、罪が「ある」ことに変わりはありませんけどね。


■クライマックス

さてさて、話を現代に戻しまして。魔法の鏡とゲルドの予言によってレバスとイザベルの計画を知り、それを止めるべくフォルティアの王城へと向かったジュリオとクリス他数名は、王城への潜入に成功し、召還儀式の行われている天儀室へと向かうことになります。

一行は、巡礼の旅で出会った仲間たちに助けられ、儀式の行われている天儀室へと突入。そこでレバスを倒すことに成功。儀式用の天球を「銀の短剣」で貫き、ティラスイールは救われた。

かと思いきや、レバスとは別に、城の屋上で続けられていたイザベルの儀式によって、ラウアールの波が接近。イザベルの儀式を止め、ティラスイールを救うために、最終決戦!

となるわけですが、ぶっちゃけてしまうと、イザベルを倒し、この戦いに勝利しても、ラウアールの波の接近は止まりません。空を覆う波の波動。抗う術もなく、立ち尽くすジュリオやクリスたち。世界は滅びるのか!?と思われたその刹那、突如として輝く、クリスの杖。

これこそが、ゲルドが死を賭してまで残した、たった一つの希望。


■杖

クリスは旅立ちの日に、村の「ラップ爺さん」という古老から、一本の杖を託されました。この杖こそが、ゲルドの残した唯一の希望。ゲルドが携えていた杖にして、ゲルドの想いと力、そして魂そのものが込められた逸品なのですが、これを「ラップ爺さん」が所有していたのには、ある理由があります。

実は、ゲルドがレバスに殺害されたとき、ゲルドには行動を共にする者がいました。それは、フォルティア国の宮廷剣士であったデュルゼル。

ゲルドさえ亡き者にすれば、デュルゼル程度では事の妨げにならない。そう考えたレバスにスルーされて、デュルゼルは難を逃れたのですが、レバスが去った後、ゲルドの遺骸を弔う際に、妙に気になるものが一つ。それが、ゲルドの残した一本の「杖」だったのです。

デュルゼルは妙に気になるその「杖」を持ち帰り、賢者として名高い「オルテガ」に見てもらったのですが、すると、その杖にはゲルドの想いと力、そして魂そのものが込められていることが判明。これこそが、ゲルドが命を賭して遺した、たった一つの希望だったわけですね。

ですが、無秩序に杖が暴走してはこまりものです。強大な力を秘めた杖ですから、何かのはずみに正体がばれ、それがレバスやイザベルに漏れ伝わらないとも限りません。

そこでオルテガは、杖の本質を見抜けぬように、持てる魔力の全てを使って「杖」に細工を施し、その存在を隠すことにしました。結果、細工は成功し、20年の間、それは静かに眠りにつくことになったのです。

とはいえ、暴走や正体バレの可能性こそなくなったものの、いざという時にまで眠りっぱなしでは困りもの。そこでオルテガは、杖の力を封じるだけでなく、ある条件に適ったとき、杖が眠りから覚めるようにも細工をしていたのです。

その条件とは、銀の短剣を持ってティラスイール全土を巡った旅人、つまり「巡礼の旅人」が、その杖をゲルドの墓に供える、というものでした。

上の方で「そんな廃れた風習(巡礼)がなぜラグピック村という山あいの寒村に残ったのかについては、理由があるようで…」と書きましたが、これがその理由だと思われます。

大賢者オルテガ。大魔道士にして、聖地オルドスの創設者。IIIの作中では語られませんが、巡礼で訪れる五つのシャリネを、現在の形に整備した人物でもあります。本名、ミッシェル・ド・ラップ・ヘブン。俗称、ラップ。それが、ラグピック村の「ラップ爺さん」の正体です。

デュルゼルが「ラップ」の下を訪れた時点で、すでに「ラップ」は聖地オルドスから離れ、ラグピック村に隠遁。杖の力を封じる儀式によって魔力も失い、ただの爺さまになっていたのですが、パッと見ではスットボケた爺さんになっても、その膨大な見識までもが消えてなくなったわけではありません。

ラップは、ラグピック村でスチャラカ生活を送りながらも、やがて訪れるであろう災厄に備え、ゲルドの杖を大切に保管していました。杖の力を発動させるための「巡礼」の儀式を、途絶えさせることなく伝えながら。

それから20年。クリスと共にティラスイール全土を巡ったゲルドの杖は、魂は、眠りから目覚め、最後の最後、ラウアールの波を前にして、光り輝いたのです。


■奇跡

そして、世界は救われました。ティラスイール側の世界が滅びることはなく、かといって、異界が滅びることもなく。消え去ったものは、たった一つ。

ゲルドの魂

想念から生まれた怪物を無に帰す手段は、想念そのものである魂と怪物を同化させた上で、自らの魂を自らの手で消滅させる他ありません。つまり、ラウアールの波を消滅させるということは、すなわち、ゲルドの魂までも消滅することを意味するわけです。

ラウアールの波と共に、虚空に消えたゲルドの魂。それを見たデュルゼルは、こう問います。

なぜ…なぜ、そんなに優しくなれる。肉体を捧げ…そしてまた、魂を捧げ…。この世界がお前の為に、何をしてくれたのだと言うのだ。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

それに答える、ジュリオとクリス。そして、二人と旅をともにしてきた仲間たち。

私、わかるような気がする。きっと、この世界とか異界とか…分けて考えちゃいけないのよ。どちらかが助かればいい…。そんな解決の仕方なんて、きっと…ウソなんだ。この最後のチャンスをゲルドは信じていたのね。

白き魔女は礼なんて望んじゃいないさ。

それに感謝なら、面と向かわなくてもできる。その気持ちを大切にしていればいいんだ。オレは白き魔女がそう言うことをこの世界の俺たちに教えてくれたんじゃないかと思うんだ。

そして、物語はエピローグへ。

ちなみに。作中で明言はされませんが、ラウアールの波と同化、消滅するというのは、ゲルドやイザベル、○○○のように、ある種の「特性」を持った人間の魂でなくては不可能なんじゃないかと。そうでなければ、それが良いこととは言いませんが、レバスもイザベルも、多くの犠牲を出すより一人の生贄によって済ませる道を選んでいたでしょうから。


■エピローグ

エピローグは幾つかのシーンに分かれていて、それぞれがそれぞれに物語の一側面を語ってくれるのですが、特に押さえておきたいのは、ゲルドが残した「希望」と、シリーズタイトルに冠された「英雄」の意味。

ジュリオとクリスは巡礼の旅路で、多くの仲間と出会います。

一緒に海獣ガルガに立ち向かったアルフとローディ。貧村ダーツ再生に奔走していたルーレ爺さん。一度も盗みに成功したことのない泥棒シャーラとグース。一緒に旅してくれたモリスン、フィリー。商都ギドナではステラとバダットと共にレバスの策謀を食い止め、デュルゼルの孫娘ジョアンナの助けを得て、デュルゼル再起に成功しました。

また、ジュリオとクリスを助けてくれたのは、行動をともにした仲間だけではありません。様々な人たちの助けを受けて、ジュリオとクリスは旅をつづけ、巡礼を終えて、フォルティアに辿りついたのです。

フォルティアの王城でも、ローディが、アルフが、モリスンが、グースが、シャーラが道を切りひらき、ジュリオやクリスたちを天儀室へと向かわせてくれました。

その果てに現れた、ゲルドの魂。

それは、どれほどもない可能性を紡いだ先に見出せた、一筋の希望。奇跡という名の必然。誰かが英雄だったからではない。誰もが英雄だったからこそ、希望が絶望を消し去ったのです。

ただし、そんな「希望」をもってしても、全てを救うことはできないのが、現実です。ゲルドは生き返りませんし、世界各地に起こった問題が解決されたという描写もありません。ティラスイール側の世界と異界の関係も、今後どうなっていくかはわからないのです。

最大の脅威、ラウアールの波を消し去ることはできたものの、幾つもの問題が残った世界。それでも、後にデュルゼルは、ジュリオとクリスにあてた手紙にこう記しています。

英雄とは常に人々と共にあるべきものだと思う。

それは、特定の者の思惑を守る者でも、戦いで名を馳せる武人でもない。誰よりも純粋に弱き者の心がわかり、前向きであり続けられる者のことだろう。俺なんかより、むしろ、ゲルドやお前たちこそが英雄と呼ばれるにふさわしいのだ。

この旅を忘れるなよ。

英雄の心を持ち続けろ。せっかく、ゲルドとお前たちが守り抜いた世界だ。間違った方向に進めないのも、次の世代を担う、お前たちの役目なのだ。

- 追伸 -

ジュリオへ。
頑丈で鋭い剣だけが良い剣ではない。
ときには刃がこぼれ、すぐにも折れそうな剣が最良の名剣となることもある。

人の世も、かくあらん。

また、ラグピック村でのお祝い式で、ラップ爺さん(元、大魔法使い)もこう言っています。

いいかね、ジュリオにクリス。

これからは、修行を積んだ魔法使いが悪い竜を倒したり、腕っぷしの強い剣士が剣一本で国王になるような時代じゃない。それで事が収まるような単純な世の中ではなくなりつつあるのじゃよ。

これからは一人一人が自分の持つ才能を役立て、それぞれの暮らす場所で、みんなのためになるよう頑張る。

そうでなくてはいけないのじゃ。

そのためには伝説の英雄などというものは邪魔なだけじゃ。これからは、大地に根をおろした力こそが必要なのじゃよ。




ゲルドの心のようにな。



つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚




そして、エンディングへ。



■テーマ語り

ということで、本編については以上で終了。ここからは、メタ視点から見えるテーマについて、のんびり語ってみようと思います。ポイントは、ゲームタイトルに冠しているとおり「英雄とは何ぞ?」という問いかけになるでしょう。

ジュリオとクリスが巡礼の旅で訪れる町や村には、そこで暮らす人々の生活があります。日々の暮らしがあって、問題があって、幸せがあって。基盤になる世界観は違いますし、ある程度デフォルメもされていますが、それは、ぐらすや皆さんが暮らす現実世界と同じように、そこに息づいているわけです。

ジュリオやクリス、その他の登場キャラクターを見ても、全てを解決してしまう英雄でもなければ、全てを救いうる神の使いでもありません。何でも完璧にこなすような天性の才はなく、進んだ先に何が待つかを知らずに毎日を生きている、ごく普通の人間にすぎないと言えるでしょう。

念のために言っておくと、王様や大魔法使いといったキャラも登場はします。ですが、彼らにしても、独力で事を成すようなことはできません。

王という役職、大魔法使いという才能。生まれ持った「何か」は人より抜きん出ていますから、その分、人より大きなことは成し遂げられます。ですが、その役職、その才能は万能ではなく、キャパを超えるような問題には通用しないわけです。

では、そんな登場人物たちが、自分のキャパを超えるような難問を前にした時、どう行動したか。そこが、この「英雄伝説III」のポイントだと言えるでしょう。

彼らは互いに支えあい、慈しみ、勇気をもって問題に向きあって、戦い抜こうとします。迅速、安全、確実に全てを解決しうる術などありません。持てる力を最大に発揮し、それぞれがそれぞれに不足分を補って、皆が幸せになれるよう、望む未来に辿りつけるよう、ただひたすらに、目の前の問題と戦いつづけるのです。

そうすることで初めて見える、一筋の希望。

ここで重要なのは、残念ながらというか、現実的というか、その「希望」をもってしても、全てを解決することはできないことです。また、その「希望」が発現するまでの道のりは長く、途中で誰か一人でも諦めてしまえば、問題が解決するどころか、希望が発現することすら、ないのです。

それでも、互いに支えあい、未来を夢見て、今日という日を一生懸命に生きているのが、英雄伝説IIIに登場したすべてのキャラクターなんですね。

ジュリオやクリスたち、イセルハーサ編のセリオスやアトラスのように、どんな難局にあっても独力で道を切りひらくことのできる絶対的な存在、つまり「英雄」ではありません。ですがその心は、デュルゼルの言ったとおり、まさしく「英雄の心」でした。

それこそが、シリーズのターニングポイントとなるIIIで描かれた「英雄」の姿。王子様や勇者、大魔法使いだけでなく、誰もが持っている、英雄の心。

エピローグが終わり、エンディングが流れ、紡がれた物語は幕を閉じます。ですが、その「心」は途切れることなく、後につづく「ガガーヴ・トリロジー」と「空の軌跡」に向かって、さらに加速していきます。そして、きたる2006年3月。「英雄伝説-空の軌跡SC」 発売



■ゲームとして - 詩うRPG -

さてさて、以上で「英雄伝説III - 白き魔女」のストーリー解説&感想は終了になりますが、最後に、ストーリー以外の部分も含めて、ゲーム全体を総合的に語ってみようかと思います。

このゲーム、初めて世に出たのは1994年3月。有名どころとの比較で言うと、FF6発売の一ヶ月前になります。

スーファミなどのコンシューマー機ではなく、パソコン(PC98)用として発売されたのですが、2Dのグラフィック、経験値を稼いでのレベルアップ、一本道のシナリオ、戦闘が地味など、ゲーム性としては、94年当時の水準から見ても、お世辞にも優れているとは言えないものでした。

とはいえ、老舗「ファルコム」が開発したゲームであること、スマッシュヒットとなった「英雄伝説」シリーズの新作であることから、パソコンゲーマーの間ではそれなりに注目されていたことも事実。二点のアドバンテージによって、アキバのゲーム屋ではそこそこ大きな販売スペースが確保されていた記憶があります。

ただし、このゲームが注目されていた理由は、単に「老舗のブランド物だから」というだけではありません。ゲーム性の点では今ひとつ売りのないこのゲームが、パソコンゲーマの中で注目されていた理由。それは、このゲームのキャッチコピーにありました。

詩うRPG

ま、なんのこっちゃ今ひとつわからんでしょう。台詞に合わせて音声が出力されるゲームでもありませんしね。

ただし、わからないなりに伝わってくるニュアンスもあるんじゃないかと。そこに霊験あらたかな「老舗ブランド品」のパンチ力が重なって、このゲームを手にした人間も多かったようです。少なくともぐらすはそうだったのですが、そうしてゲームを購入し、家に帰ってプレイスタート。

オモシロ━(゚∀゚)━イ!!!

詩うRPG。その言葉に込められた「物語る」ということへの強い意志。それがゲーム全体に詰まっていました。

繰り返しますが、ゲーム性の側面から見ると優れてない、というよりもレベルは低いです。94年当時ですら今ひとつでしたから、PSPに移植された04年の水準で考えれば、ゲーム性の面では( ゚д゚)ポカーンな一品かと思われます。

ですが、それを補って余りある、というか、むしろ「ゲーム性」が低いからこそ、そこに在る「物語」にのめりこめる、という側面があるんじゃないかと思うんですよ。

どこにでもいるような少年少女が、どこにでもある町を巡り、世界を旅し、人と出会い、別れ、その果てに見る世界の姿。心の在り方。

そんな当たり前の、それでいて地に足のついた「物語」を楽しむためには、わずらわしいゲーム性は必要ない。というか邪魔なこともあるくらいなんですよ。

勘違いしてほしくないのですが、ゲーム性なんて一切必要ない、などと言うつもりはありません。あくまで、過度にゲーム性を追及しすぎてしまうと物語に集中できなくなる、といった程度のものです。そりゃ2Dよりは3Dの美麗グラフィックの方が良いでしょうし、多少なりとも派手な戦闘エフェクトがあった方が盛り上がるでしょう。

ですが、たとえば経験値稼ぎのための戦闘に時間を費やしたり、たとえばFFのジョブシステムのように物語以外の楽しみがあったりすれば、どうしてもそちらに意識が持っていかれる部分ができてしまい、物語に集中しきれなくなる側面があるんじゃないかと。

その意味では、いっそのことゲーム性の部分をバッサリ削ぎ落とし、物語ることにのみ特化したRPGを作ることも、一つの実験として見れば十分に「あり」な選択だと言えるでしょう。そして、そんな実験の結果として生まれたのものが、この「英雄伝説III」だったわけですね。

結果から言えば、この「実験」は成功しました。物語ることへの意志。こだわり。それは多くの人間をひきつけ、続編の制作、様々なメディアへの移植といった形で昇華され、現在へと至ります。

昇華の過程では、IIIでバッサリ削除したゲーム性も、物語性を保ったままに肉づけされていきました。ゲーム性そのものを楽しむためにゲーム性を高めるのではなく、物語の魅力を最大限に「演出」するためにゲーム性が確保されたわけですね。

結果、当然のことながら、ゲーム全体の完成度は向上していくことになります。これは物語部分の良し悪しとは別で、あくまでゲーム全体の「完成度」の話になりますが、ゲーム性と物語性のバランスという点で考えるならば、なにも「IIIこそが最高傑作!」ということにはなりません。

また、この手の「物語る」ことにこだわったゲームは、最近アニメ化された「Fate」や、同人ゲームから始まってメディアミックスされるまでに人気を博している「ひぐらしのなく頃に」など、いくつか世に存在していますから、英雄伝説シリーズ(III以降)の専売特許でもないでしょう。

ですが、その先駆けとして、90年代前半、物語性を高めることに偏ったゲームを開発し、世に放ったファルコムの実験は、10年後の今、続編制作や最新ゲーム機への移植といった展開を見せ、そこそこ大きな詩を奏でています。


■最後に

以上で「英雄伝説III」の解説&感想は終了になります。

正直、2Dが肌に合わない方、派手なゲームが好みの方、自由度の高いバーチャル世界を楽しみたい方には、お勧めできないゲームです。また、感性も人それぞれですから、英雄伝説IIIの物語が楽しめない方もいるでしょう。III以降のシリーズは序盤はマッタリ進みますから、そこで飽きてしまう人もいるかもしれません。

ですが、それらを踏まえた上でも「ちょびっと興味出たかなー」と思われる方は、プレイしてみてはいかがでしょーか。その時は、一部の移植作については「イマイチ微妙」という話も聞きますから、無難にWIN版が良いかと思われ。amazonやファルコムの通販で購入できたかと(ここはアフィってないんですよー)。

それと最後に。ファルコムの公式HP内にも、このゲームについてのレビューが置いてあります。レビューを書いた方は、坂東齢人さん。おそらく「馳星周さん」と言ったほうがわかってもらえるでしょーか。バリ有名な小説家の人なんで、そちらも興味があれば是非一読を。


ファルコム公式: http://www.falcom.co.jp/ed3_win/index.html

ファルコム掲載レビュー:http://www.falcom.co.jp/ed3_win/review/index.html



それでは、また次回お会いしましょー。




英雄伝説 IV 〜 朱紅い雫 〜  バレあり感想

空の軌跡SC発売まで、あと一週間を切り、感想かきあげるのが難しくなってきて焦ってるぐらすです。こんにちは。時間もないんで、さっそく「英雄伝説IV 朱紅い雫」について語っていこうと思います。

というか、全感想アップがSC発売に間に合わないのはほぼ確定なわけですが、一度はじめた手前、意地もありますんで、時間がかかっても最後まで書き上げようと思ってみたり。


■プレイ環境について

IIIの感想にも書きましたが、移植による変更点が多いガガーヴ・トリロジーの中でも、特に変更が大きかったのが、この「朱紅い雫」になります。

まず1996年にPC98版の英雄伝説IVが発売され、その4年後、2000年にWin版が発売されるのですが、リニューアルの過程でシナリオ、システムともに大幅な変更がなされた上、PC98版では鬼だった難易度(敵の強さ)も、かなり緩和されました。詳しくは後述しますが、これらの変更によって、英雄伝説IVは、路線そのものを大きく変えることになるんですよ。

ちなみに、98年にはプレステ版も発売されているのですが、こちらでは武術レベルがMAXになると操作不能になるバグが発生するらしいので、シナリオやシステム以前に、ゲームとして成立してないじゃん、みたいな。

ということで、最新の移植作となるPSP版については未プレイなのでわかりませんが、少なくともPC98版とWin版については、共通するのは物語の大筋くらいのものなんですよ。PC98版をプレイした方と、Win版をプレイした方とでは、英雄伝説IVについて抱いているイメージは別物と言ってもいいかもしれません。

今回はガガーヴ・トリロジーとしてのIVを語るため、ガガーヴ・トリロジーとしての側面が色濃く出ているWin版をベースに語っていきたいと思います。結果、PC98版をプレイした方とは噛みあわない部分も出てくるでしょうが、PC98版とWin版は別物なんだということで、一つご理解をいただきたく。


■ネタバレについて (注意!!!!)

IIIと同じように、感想を「ネタバレあり」「ネタバレなし」に分けます。お好きな方をドゾー。


■世界設定(地理)

ではまず、地理的な説明を。舞台となるのは「エル・フィルディン」という世界で、IIIの舞台となったティラスイールの西に位置しています。

とはいえ、ティラスイールとの交流は皆無。ティラスイールとの間には、大地には大きく開いた断崖「ガガーヴ」があり、海には「混沌の渦」と呼ばれる異常な潮流があるため、一切の交流はできず、それどころか互いの存在すら知らない関係にあるわけです。

これはVの舞台となるヴェルトルーナとの関係についても同じことが言えます。北にエル・フィルディン、南にヴェルトルーナが存在しているのですが、その間には天高くそびえる山脈、大蛇の背骨が横たわり、二つの世界の交流を阻んでいるわけですね。


■世界設定(時間)

IV本編→5年経過→V本編→50年経過→III本編。こんな感じです。推奨プレイ順についてはIIIの感想にまとめてありますので、そちらをご覧くださいな。結論だけを言うと「III→IV→V→再III」です。


■英雄伝説IV 簡単サックリ導入編

では、地理と時間の関係を把握していただけましたなら、お次はサックリとした内容紹介をば。

時間にして、ガガーヴ・トリロジー3作品の中で、最も早い時代。エル・フィルディンに、一人の青年がいました。青年の名はアヴィン。

子どもの頃は、妹の「アイメル」と一緒に、聖地カテドラールで暮らしていたのですが、ある「事件」を境に二人は離れ離れとなり、アイメルは行方知れず。

以降、賢者「レミュラス」の下で17歳になるまで育てられたアヴィンは、レミュラスが老衰のためにこの世を去ったのをきっかけに、旅に出ることを決意します。レミュラスの下で知りあった「マイル」という親友と一緒に。アイメルを探すために。それがIVの物語。


■光の神バルドゥス、闇の神オクトゥム

そうして旅に出たアヴィンとマイルの二人ですが、彼らの旅を語る上で、欠かすことのできない一つの設定があります。それは、光の神バルドゥスと、闇の神オクトゥムの存在。

時間にして1000年以上も昔のこと。ある意味1000年ほどしか経ってないとも言えますが、エル・フィルディンの地では、光の神バルドゥスと、闇の神オクトゥムが戦いを繰り広げていました。

この戦い、最終的には光の神バルドゥスが闇の神オクトゥムを封じる形で決着がついたのですが、ただ単にオクトゥムだけが封じられたわけではありません。オープニングでも語られることですが、光と闇は対を為す不可分な関係にあるため、闇の神オクトゥムを封じたことで、光の神バルドゥスもまた、力を失うことになります。光の神バルドゥスも、その体を六つに砕かれ、永い眠りにつくことになったんですね。

こうして神々の争いは終わりました。ですが、それから1000年以上もの間、神々の眠る地、エル・フィルディンでは、二つの勢力が争い続けることになります。

一つは、光の神バルドゥスの信奉者たちが集う、バルドゥス協会。闇の神オクトゥムが封じられた「封印の地」の真上に「正神殿カテドラール」を築き、さらに、カテドラールとは別に「聖都ヴァルクド」も建設して、エル・フィルディン全土に光の神の教えを広めることとなります。

もう一つは、闇の神オクトゥムの信者が集う結社、オクトゥムの使徒。こちらはバルドゥス協会とは違って本拠地を定めることはなく、歴史の陰に隠れながら、その力を蓄え、機をうかがいつづけたと言われています。

こうして均衡していた両者の関係が崩れたのが、IVの本編から遡ること8年前のこと。闇の神を奉ずる「オクトゥムの使徒」たちが「正神殿カテドラール」を襲撃し、占拠してしまったのです。以降、カテドラール周辺には闇の結界が張られ、オクトゥムの使徒以外は立ち入ることのできない「禁断の地」と化しました。

ということで、お気づきになられたかもしれませんが、主人公「アヴィン」と妹「アイメル」が生き別れた「事件」とは、この「カテドラール陥落」のことなんですね。


■ドゥルガーの娘

ただし、アヴィンとアイメルは、偶然その場に居合わせたのではありません。

カテドラールを襲撃したオクトゥムの使徒たちは、カテドラールの地下に存在する「封印の地」を押さえ、封じられた闇の神オクトゥムを眠りから呼び覚まそうとしているのですが、それだけでなく、彼らにはもう一つの目的がありまして。

それは「ドゥルガーの娘」と呼ばれる、一人の人間を掌中に治めること。

ドゥルガーというのは、精霊たちの神にして、光にも闇にも与することなく、生と死を司る冥府神。オクトゥムの使徒は、生と死を司るドゥルガーの力を用いてオクトゥムを復活させようと考え、そのために、人間世界におけるドゥルガーの代行者である「ドゥルガーの娘」を必要としていたのです。

そして、そのドゥルガーの娘というのが、アヴィンの妹、アイメルでした。

つまり、オクトゥムの使徒によるカテドラール襲撃は、カテドラールの地下に存在する「封印の地」を押さえることと、ドゥルガーの娘である「アイメル」を掌中に納めることを目的としたものだったわけですね。

結果から言えば、幸いにして、アイメルはオクトゥムの使徒の追撃から逃れることができました。ただし、逃れることはできたのですが、オクトゥムの使徒からすれば、アイメル(ドゥルガーの娘)は喉から手が出るほど欲しい存在ですから、その居所が知られれば、またいつオクトゥムの使徒に襲撃されるかわかりません。

そこでバルドゥス協会は、アイメルの行方を秘中の秘とし、兄であるアヴィンにすら伝えずに隠し通すことにしたのです。それが、アヴィンとアイメルが生き別れることになった理由。


■旅立ち

それから8年。成長したアヴィンは、アイメルを探すため、親友である「マイル」とともに、エル・フィルディン全土を巡る旅に出ます。

どんな時でも挫けず、強い心を持ち続けて、最後には必ず村に戻ってくる。

本当の我が子であるかのように接してくれたマイルの両親と、ウルト村のみんなと、そう約束を交わし、約束の証であり、村のみんなとの絆の証でもある「護りの鈴」を携えて、村を旅立つアヴィンとマイル。

行く手に待つ過酷な運命も知らず、ただ素晴らしい未来だけを夢見て、育った村を旅立つ二人。二人を支えるものは、互いの絆。故郷で待つみんなとの絆。旅先で出会う人たちとの絆。そして、エル・フィルディンのどこかでアヴィンを待っている、アイメルとの絆。

そうして、この物語は幕を開けます。英雄伝説IV、朱紅い雫。その「絆」の物語が、幕を開けます。

■神宝

そうして旅立つアヴィンとマイルですが、彼らの旅を語る前に、もう一つ触れておかなければならないものがありまして。それが「神宝」と呼ばれるアイテムの存在。

アヴィンは、育ての親である賢者レミュラスが息を引き取る直前に、彼から「神宝カベッサ」というアイテムを託されることになります。

この神宝というアイテム。伝承によると、神々の戦いの最後、オクトゥムを封じる際に砕け散ったバルドゥスの神体の一つと言われるステキアイテムでして。ちなみに「カベッサ」は「バルドゥスの頭」と呼ばれています。

ただし、このアイテムは、武器や防具、回復アイテムとしての実用性ではないため、とりあえずは持っているだけ。その用途も存在意義もさっぱりわからない謎アイテムと言えるでしょう。

アヴィンからすれば、育ての親から託された由緒正しそうな逸品なので、何だかわからんけど大切に保管している、といった感じに扱っていると思われ。プレイヤーとしても、当初はその程度の認識でスルーしておいて問題はないと思われます。当初はね。


■親友マイル

すげーいーヤツです。

妹と生き別れた後、暮らし慣れたカテドラールを離れ、賢者レミュラスが暮らすウルト村(近辺の庵)で生活するようになったアヴィンは、当初、悪い方向にシスコンっぷりを発揮するのですが、そんなアヴィンが立ち直れたのは、この「マイル」の存在があったからこそでしょう。特に、冒頭に用意された「お札流し」のイベントは必見です。

願いを書いた札を川に流し、それがそのまま流れていけば、札に書いた願いが叶う。

そんなウルト村の祭事なのですが、この祭事、たいていは成功するようにできているんですよ。ところが、アヴィンが「アイメルに会えますように!」と書いて流した札だけが、見事に轟沈。

それを見たマイル。

アヴィンが、アイメルに会えますように!

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚


ちなみに、この時点のアヴィンとマイルは、まだ「友だち」というほどの関係でもなかったもんで、そこまでしてくれるマイルの行動を見て、アヴィンは戸惑うわけですよ。そんなアヴィンに放たれたマイルの台詞がコレ↓

僕のお願いは、もうかなってるから。去年のお祭りのときにね。

友だちができますように、ってお願いしたんだよ。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

マイル いーヤツだ! スゲーいーヤツだ!!


■サクサクモード

さて、そんなこんなで基本的な世界設定をご理解いただけましたら、そろそろアヴィンの旅について語っていこうと思うのですが、この旅、実際に旅をしているアヴィンやマイルの目線から見ると、どこにアイメルがいるのか、まったく手がかりがありませんから、しんどい旅だと思われます。

とりあえずはエルフィルディンを一周するように街々を巡り、アイメルの行方を聞いて周ることになるのですが、8年前に生き別れたわけですから、成長してどんな容姿になっているか、わかりません。また、露骨に「ドゥルガーの娘」なんてキーワードを出してしまえば、それを聞きつけたオクトゥムの使徒に襲われることになりかねませんから、そのあたりにも気を配って探すことになるわけです。

また、しばらく進むと、行く手を阻むように「オクトゥムの使徒」も現れ、アヴィンたちが持つ「神宝」を狙ってきたり、アヴィンたちが訪れる街々で悪さをしたりしますから、そういう意味でも難儀な旅に感じることでしょう。

ただし、それはアヴィンたちの目線から見た感覚であって。プレイヤーとしては、早い段階でアイメルの手がかりがつかめるわ、そのままスムーズに再会することができるわ、再会してから良い方向にシスコンっぷりを発揮するアヴィンが微笑ましいわで、なんともポワポワ〜ン♪な印象で物語は進みます。

オクトゥムの使徒にしても、悪さはしますが、誰かが死んじゃうとか街が壊滅しちゃうとか、そんな感じの悲劇的な結末を迎えるよーな悪さはしでかさないんで、全体的にアッサリした印象を受けるかもしれません。

アイメルと再会した後も、アイメルと神宝を狙うオクトゥムの使徒から襲われることにはなるのですが、仲間の協力とラブラブシスコンパワーによって、アイメルと神宝を守護。勢いに乗って聖都ヴァルクドの隣町まで一気に到着し、あとは聖都ヴァルクドに向かって歩を進めるのみ!って感じで、ノリノリモードで旅は終わろうとします。


■襲撃

が、ここでBIGアクシデンツ。

ヴァルクドに到着する直前。アヴィンたちの前に、ベリアス卿が登場します。

平たくいうと、ラスボスです。

えっと

アヴィン気絶、アイメル拉致、マイル死亡…


■神

気がつくと、そこは聖都ヴァルクド。マイルはいません。アイメルもいません。

目に映る聖都。バルドゥスの神殿。

神を信じた。神を祈った。けれど、神は応えてくれなかった。

応えるどころか、その戦いにマイルを、アイメルを巻き込んで…


■ルティス

そうして落ち込むアヴィンの前には、一人の少女。名をルティスといい、アヴィンの持つ神宝を狙てアヴィンの後をつけまわしてきた、オクトゥムの使徒。

だったのですが、彼女を完全なるオクトゥムの使徒にしようと考えたベリアス卿の命令で、ギアという街で技師見習いをしていた「ルカ」というルティスの弟が狙われた事件がありまして。

その事件を契機に、結社のやり方に疑念を抱き、葛藤をつづけたルティスは、結局、アヴィンたちがベリアス卿の襲撃を受けた際、アヴィンたちをかばって気絶。以後、オクトゥムの教えが正しいのか、他に道はあるのかを考えるため、ルティスは結社を離れ、アヴィンの旅に同行することになります。


■マドラム

そしてもう一人。アヴィンの前に現れたのは、修羅の道を歩む男。名はマドラム。バルドゥス教会にもオクトゥムの使徒にも属さない、神出鬼没の復讐鬼です。

アイメルの先代となる「ドゥルガーの娘」に「ドミニク」という少女がいたのですが、15年前、彼女はオクトゥムの使徒に襲われ、非業の死を遂げました。

ドミニクの護衛役であり、幼馴染であり、想い人でもあったマドラムは、その事件以後、彼女の死に関わった人間と、彼女を戦いに巻きこんで死なせてしまった神に復讐を果たすべく、そしてなによりも、彼女を守ることのできなかった自分自身を許すことができずに、生きつづけてきたわけです。

その意味では、マドラムは、復讐の相手を探しながら、復讐の方法を考えながら、自分自身の死に場所を求めていた、と言えるかもしれませんね。


■二度目の旅

大いなる二神。その間で揺れ惑う人という存在。その運命。

初めての旅の果てにそれらを垣間見、失意と絶望の中にあったアヴィンでしたが、似た境遇にあるマドラムとルティスに導かれるようにして、アヴィンは再び旅に出ることになります。ある意味、ここがアヴィンにとって本当の旅の始まりと言えるでしょう。

旅の目的は、カテドラールを覆う闇の結界を突破する方法を見つけること。闇の結界を突破し、カテドラールに囚われたアイメルを助け出すこと。そして、新たに加わった仲間、ルティスの進む道を見つけること。

そうしてアヴィンとルティスは、エル・フィルディン全土を巡る旅に出ます。

妹を守れず、友を死なせてしまった、哀しい旅の終着点から…。

ということで、ポワポワ〜ン♪な印象で進んだ序盤は、旅の最後に訪れる哀しい結末に気づかせないためのフェイクだったわけですね。


■神宝を求めて

アヴィンは、闇の結界を突破する方法を求め、エル・フィルディンを旅することになるのですが、そこでポイントになるのが、エル・フィルディンの北西部に存在する「真実の島」の遺跡。

この遺跡、実はIIIに登場した「魔法の鏡」と同じ種類のもので、見る者に「未来の可能性」を伝えるステキ装置でして、これがアヴィンに、闇の結界の突破方法を教えることになります。

闇の結界を突破する鍵は「神宝」にあるのだ、と。

光の神オクトゥムの、砕け散った体の一部。頭部カベッサ、胴体クエルポ、右腕デレブラ、左腕イスプラ、右足デレピエ、左足イスピエ。その全てを集めることで、闇の結界を突破することができる。

それが、真実の島の「遺跡」がアヴィンに見せた啓示だったのです。


■真実の島

さて、こうして物語の本題は「神宝探し」へと移っていくことになるのですが、同時に、この「英雄伝説IV 朱紅い雫」という物語は、ここで軽く「英雄伝説III 白き魔女」との接点を持ったと言えるでしょう。

というのは、アヴィンが啓示を授かった真実の島の「遺跡」です。

アヴィンは啓示を授かるに際して、謎の魔法使い「ミッシェル」の協力を受けるのですが、ミッシェルの台詞から、この遺跡はティラスイールに存在する「魔法の鏡」と同じ系統のものであること、古に存在した「青の民」と呼ばれる一族が残した遺跡であることが判明するんですね。これが大きな意味を持つことになるんですよ。

なぜ、ティラスイールに存在するのと同じ種類の遺跡が、交流がないはずのエル・フィルディンに存在するのか。IIIやIVの時代には存在しない、高度な技術によって作られた魔法の鏡、真実の島の遺跡。それらを作った「青の民」とは何者なのか。

というのがポイントです。とりあえず今は軽くスルーしますが、これらは「朱紅い雫」のみならず、ガガーヴ・トリロジー全体に関わる問題ですので、軽くでいいんで押さえておいた方がよろしーかと。

ミッシェル、という名前と一緒にね♪


■絆

さて、物語本編に戻りまして。神宝探しの旅ですが、この旅には二つの見所があります。

一つは、マドラム物語の行方。

ドミニクの墓所の地下には、最後の「神宝」が隠されているのですが、アヴィンを追って墓所の地下に入ったマドラムは、ドミニクを殺した仇であるボルゲイドに復讐を果たします。己の命と引き換えにして…。

ただし、それは怒りと憎しみだけに彩られた哀しい最期だったわけではなく。アヴィンの道を切り開くため、ドミニクに生かされた「命」を燃やして消えたマドラム。自分の命を悔いなく使った。そんな表情を浮かべていたと言います。それはたぶん、15年前のドミニクと同じ表情…。

命を賭したマドラムの援護を受けて、最後の神宝を手に入れ、神宝に秘められていた光の神バルドゥスの御霊を甦らせたアヴィンたち。

バルドゥスはアヴィンの剣に宿り、闇の結界を切り裂く力を授けるのですが、カテドラールへの潜入手段を得たアヴィンたちは、地上にあるドミニクのお墓を再び訪ね、今度はマドラムの安らかな眠りも祈ることに。そこで墓に花を供えたルティスは、こう言うのです。

花に託された人の想い。

私たちは、想いと想いの狭間に生き続ける存在なのかもしれませんね。

その在りようを、絆と呼ぶのでしょう。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚


闇を切り裂く力を手に入れたアヴィン。自分の進むべき道に気づき始めたルティス。墓を後にする一行。
その背後には、墓前で静かにたたずむ二人の霊。その表情はきっと…

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚


■絆2

ということで、カテドラールへの潜入が可能になったアヴィンたちですが、その少し前、五つ目の神宝を探す過程に、この旅のもう一つの見所があります。

えっと

マイルが生きています。

というのも、ベリアス卿の襲撃を受けた際に、実際にマイルの死を確認している人間はいなかったりして。アヴィンたちを襲撃したベリアス卿が、大量の血を流して気絶したマイルをアイメルと一緒に拉致っていったため、残された人間が現場に残された大きな血痕を見て、彼の死を「推測」したにすぎなかったわけです。

それが、実際には死んでおらず、生きてアヴィンたちの前に現れたわけですよ。

ただし、ベリアス卿に操られているため、マイルとしての人格は失われている模様。金色だった髪も銀色に染まり、怪しいオーラを身にまといながら、魔術を使ってアヴィンたちの妨害までしてくるマイル。そこでアヴィンたちは、マイルをベリアス卿の支配から切り離し、元に戻そうとするわけです。

カテドラールに潜入してアイメルを救い出す、ルティスの進む道を見つける。そんなアヴィンたちの旅の目的に、マイルを元に戻す、マイルとの絆を取り戻す、という新たな目的が加わった形ですね。


■鈴

マドラムとの「絆」に支えられ、マイルとの「絆」を求めて、闇の結界を切り裂き、カテドラールに突入したアヴィンたち。カテドラール陥落時に亡くなったバルドゥス教会の最高導師、エスペリウスの霊に導かれて、地下へと潜ることになるのですが、そこでベリアス卿と遭遇。ベリアス卿が放つ最強の刺客、銀髪のマイルと戦うことに。

戦いそのものはアヴィンたちの勝利に終わります。ですが、ベリアス卿に操られたまま、マイルは止まることなく攻撃をつづけ、そんなマイルの攻撃を受けてアヴィンは崩れ落ちます。駄目か!?

そう思われた刹那、アヴィンの胸からこぼれ落ちる、一つの品。微かに聞こえる、軽やかな音色。

それは、護りの鈴。マイルの父と、母と、村のみんなと交わした、約束の証。絆の証。その音色は、絆は、呪いに縛られたマイルの心を揺さぶり、動かし、そして…

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

物語の初めにネタフリされ、終始一貫して描かれてきた「絆」という伏線が、物語のクライマックスで見事に昇華。幾重にも重ねて描かれた「絆」が集約された燃えと、アヴィンとマイルの絆の深さに、ただただ涙。そして、心から思います。

アヴィン! マイル! おめでとう!!!


ただ、マイルの髪は銀色のままなんですけどね…


■ベリアス卿

この後、アヴィンたちは、アイメルが連れて行かれた「冥府門」へと向かうことになります。

道中、冥府門から漏れ出る瘴気によって異常に強化された魔獣や、オクトゥムが復活しかけていることでパワーアップしつづけているオクトゥムの使徒に遭遇。行く手を阻まれることになるのですが、旅の仲間たちが集い、その「絆」の力を見せつけてくれるわけですよ。

そうして何とか「冥府門」へと辿りつき、最終決戦!となるわけですが、そこでベリアス卿の口から、全ての真実が告げられることになります。

実はベリアス卿。もとは光の神バルドゥス教会の神官、それも次期最高導師との誉れも高い人物だったのですが、ある時「真実の島」で啓示を授かったことにより、光を捨てて闇へと奔っていたりして。

ここで問題になるのが、ベリアス卿が授かった「啓示」の内容です。ちなみに、ベリアス卿の説明からポイントとなる単語を抜粋すると、こんな感じ。

大いなる災厄 1000年前 青の民 ガガーヴ

英雄伝説IIIをプレイした人間であれば、これで大体の概要はつかめると思います。そう、啓示によってベリアス卿が知った真実とは「ラウアールの波の再来」です。

IIIの感想にも簡単に記しましたが、ラウアールの波とは、1000年前にも一度現れた、世界を完全に消滅しうるほどの破壊のエネルギー波でして。その絶望を乗り切るために。そして、ラウアールの波を生み出すような不完全な現行世界の破壊と、完全なる新世界の再生のために、ベリアス卿は闇の神オクトゥムを復活させようとしていたわけです。

この瞬間、この「英雄伝説IV」は、ガガーヴ・トリロジーとしての側面を持つに至ったわけですね。


■「あなたがここまで来れたのは、それだけじゃない!」

そしてベリアスは、アヴィンやマイルに協力を求めます。世界を救うためには、神に頼る他ない。闇の結界を突破するために、アヴィンがも神(神剣)の力に頼ったように、人は神に頼らなければ生きていけないのだ、と。

答えられないアヴィン。ですが、そんな不完全なアヴィンの主張を補完するのは、ルティス。

結界を破ったのは、神の剣だけど…
あなたがここまで来れたのは、それだけじゃない!

あなたは、それを知っているはずよ!

そう叫ぶルティス。一人では何もできなかったに違いない。でも、みんながいたから、ここまで来れた。今も、アヴィンの足りない言葉を、ルティスが補完してくれている。絆。それが、ルティスが見つけた、自分の道。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

そんな在りようによって正当性を示すアヴィンとルティスを前に、人ではなく「神」の力によって異形の怪物と化すベリアス卿。それはあたかも、アヴィンたちを試すかのようで…。


■最終決戦

戦いの勝者はアヴィンたち。

ですが、自分はアヴィンたち「人」に敗れたのではなく、神剣に宿った「神」に敗れたのだと言い張るベリアスは、アイメルを生贄に闇の神オクトゥムを蘇生。そして、最終決戦が始まります。

人の絆。神の力。どちらが勝るのか。 激闘の勝者は…


■理想の代償

戦いの勝者は、人。

もっとも、アヴィンたちは独力で勝利したのではありません。戦闘前のエフェクトを見ても、神剣に宿ったバルドゥスの加護があったことは明らかです。ですが、それでも、ルティスがベリアスに叫んだように、それは皆がいたからこその勝利。皆がいたからこそ為しえた奇跡だったわけですね。

そんな人間の強さを認め、神が不要になったことを宣言し、次元の彼方へと去っていくオクトゥム。そして、オクトゥムの力を失ったベリアスは、アヴィンたちの選択を認めた上で、己の信念を貫き、塵と消えます。

マイルとともに


■消滅

マイルは、ベリアス卿の襲撃を受けた際に、すでに死んでいました。

ですが、圧倒的な力を見せられてなお立ち向かってきたマイルの精神の強さを惜しんだベリアスは、マイルの体にオクトゥムの力を注ぎこみ、死んだはずの肉体を生かしたのです。それがマイル生存の真実。正気にかえった後もマイルの髪が銀色だったのは、それが原因だったと思われ。

アヴィンたちには隠していましたが、マイル自身もそれを承知でアヴィンを助け、オクトゥムを討ったわけでして。そして今、肉体を生につなぎとめていたオクトゥムが去ったことで、マイルの肉体は死を迎えます。

微笑みながら、その瞬間を迎えたマイル。あとに残ったものは、またしても、たった一つの鈴…


■朱紅い雫

慟哭するアヴィン。

その時、突如として光り輝く神剣。バルドゥスの御霊。人の輝きを、想いの強さを教えてくれたアヴィンに、バルドゥスはこう告げます。

冥府門を、今一度開こう。

成功する保証などなく、失敗すればアヴィン自身も命を落とすかもしれない。それでも、躊躇せずに飛び込んだアヴィン。無事を祈る旅の仲間たち。


薄暗い冥府。マイルの姿は見えず、道もない。ただ冥府の底へと堕ちていくアヴィン。

その時、アヴィンの前に姿を現す一人の老人。賢者レミュラス。レミュラスはこう言います。

思い出せ、お前とマイルの絆のあかしを…
そうすれば…必ず取り戻すことができる。

その言葉を聞いて、マイルとの「絆の証」を取り出すアヴィン。護りの鈴。
それは、全ての人が持つ、命の雫。

朱紅い雫

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚


雫はマイルの肉体を成し、再会する二人。その時、どこからともなく聞こえてくる声。それは旅の仲間の声。仲間との絆の証。雫となった仲間たちの声が、人の想いが、絆が、一つの「朱紅い雫」となった時

…人が持つ、熱い想い… 命の雫…

ひとつひとつは小さくても… 響き合えば、波紋は大きくなる…

紅くたぎる雫が…冥府を照らす時…

奇跡は…起きる!

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚..。 。..。.:*・゚・゚゚・*:. 。..。.:*


これまでの物語を通して、幾重にも重ねられた仲間たちの絆。その絆が集って生まれた「朱紅い雫」が冥府の底を穿った瞬間、そこには物語の全てが集約された「燃え」があって、ただただボロ泣き。最高に良かった!


■巣立ち

そうして現世に戻った二人。祝福する仲間たち。そんな「人」の旅の終わりを見届けた「神」は、姿を消します。それと同時に現れる、もう一つの神、精霊神、ドゥルガー。

ドゥルガーは全ての真実を告げました。

光と闇は表裏一体。元々は一つの存在。光をバルドゥス、闇をオクトゥム。人間がそう呼んでいただけで、実際には同じ存在。一人では生きていけない人という不完全な生き物が、光と闇という分かりやすい器に依存して、それぞれを自らの居所としていただけのこと。神が区分したわけではない。その代償として相争うようになっただけのことで、元々は争う意味など存在しなかった。

そんなドゥルガーの言葉を、真実を、誰よりも深く理解したのは、ルティス。

与えられた敵を倒すことで、かりそめの充実感を得ながら生きていたルティス。結社を離れた後、光も闇も関係なく、そこに在る絆こそが最も大切なものだと気づいたルティス。そんなルティスだからこそ、理解できる真実。


ドゥルガーは言います。

怖れるのも無理はありません。
まるで、親に見捨てられた、幼子のような心境でいることでしょう。

それでも、ドゥルガーは言います。

でも…きっと大丈夫です。
朱紅い雫を輝かせるとき… 人はもはや、無力な存在ではないのだから。


それが、神が知った、人の真実。
そんな人間たちの姿を見届け、バルドゥスとオクトゥムの後を追うように、眠りにつくドゥルガー。


バルドゥス教会の教典には、こんな預言が記されています。

かの剣を手にする者、妙なる輝きをもって
永きにわたる光と闇の相克に終止符を打てり。

人、大いなる巣立ちの季節を迎えん。



■ルティスの道

その後、それぞれに自分の生きるべき道へと進んでいく旅の仲間たち。

ルティスもまた、絆を信じ、結社の残党にベリアスの死と争いの終わりを説いてまわろうと、新たな旅へとその身を投じます。

それが、ルティスが見つけた、ルティスの道。


■旅の終わり

それから2年。ウルト村近くの庵にて。

おかえり、ルティス
ただいま… アヴィン…!

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚


■旅の始まり

大いなる災厄、ラウアールの波。
その過酷な運命を知り、それでも力強く生きようと願う、アヴィンとルティス。マイル。アイメル。旅の仲間たち。

支えてくれる神はいない。けれど、支えてくれる絆がある。故郷で待つ皆との絆がある。旅先で出会う人たちとの絆がある。そして、いつどこにいても、アヴィンを信じてくれる、ルティスとの絆がある。

アヴィンとマイルがウルト村を旅立って2年。

神から巣立った人の旅が、今、始まります。


神々が消えた時代。

巣立ちを迎えた人々は 夜明け前の暗がりに迷っていた。

道を照らすのはただひとつ。

胸の奥で輝く、朱紅い雫。

たとえ小さな雫でも 想いと想いを重ねれば…

奇跡を起こす流れとなる。



■テーマ 光と闇

以上が、ガガーヴ・トリロジーの中で、最も早い時代に位置する、IVの物語になります。

物語の機軸に据えられたものは、光と闇の二神の間で揺れ惑う「人」の姿と、その波を乗り越えて進もうとする人の強さ。その強さを支える、人と人との絆。

ウルト村から旅立ったアヴィンとマイルが、訪れる先々で交わす人との交流。旅の中で交わされてきた「絆」が、神がアヴィンに突きつける運命を切り開く力となり、最後の最後、冥府で「朱紅い雫」として結実し、一気に昇華する。そういった物語構成になっているわけですよ。

ただし、そういった「絆」が光り輝くためには、それ相応に「闇」が濃くなくてはなりません。神に突きつけられた運命の過酷さ、一人一人の人間が持つ心身の不完全さ。そういった「闇」があってこそ、クライマックスで凝縮される「光」の輝きが、どこまでも鮮烈に感じられるのでしょう。

その意味では、この物語のテーマは確かに「絆」だとは思うのですが、同時に「人の弱さ」「運命の過酷さ」といったものも、物語を総括する上で欠かすことのできないファクターになってくるかと思われ。主に前者がアヴィンとマイルの物語、主に後者がルティスとマドラムの物語なんでしょうが、そうやって見ると、一つの物語から、それぞれ違うものが見えてくるかもしれません。

物語の中では「光の神と闇の神は表裏一体」と描かれ、それによって光と闇の相克が表現されていますが、物語の構成部分をメタに見ると、光である「絆」と、闇である「運命」「人の弱さ」の関係もまた、光と闇の相克を表していると言えるでしょうね。


■テーマ テクノロジーへの警鐘

そして、もう一つ。この物語を語る上で欠かせないのが「神」の存在です。

神とは原理であり、原理(数式)に入力する人の「想い」によって、出力される結果は異なってくる。それが、英雄伝説IVで描かれた神の姿でした。つまり、神そのものには良いも悪いもないわけですね。

寓話的にとらえてみると、これは「神」に限った話ではないと思われます。神や宗教だけでなく、現実世界になぞらえるなら、それは「システム」「テクノロジー」の象徴という側面も持っているのではないでしょうか。たとえば、イセルハーサ編の女神フレイアがそうであったように。

その意味では、システムやテクノロジーの扱い方を問うような寓話的側面も、この英雄伝説IVには込められていたように思えます。これは女神フレイアの存在が一つのポイントであった英雄伝説IIにも言えることでしょうし、おそらくですが、まもなく2作目が発売される「空の軌跡」シリーズにも言えることでしょう。

ただし、このテーマは、それ単体で存在するようなテーマではありません。光の神バルドゥスが闇の神オクトゥムと表裏一体であったように、システムやテクノロジーといったものも、それを受けとめる「人」という存在と対になることで、初めて意味を持つテーマなんですよ。

それは、システムやテクノロジーというテーマだけでなく、もう一つの「絆」というテーマについても言えること。

システムやテクノロジーへの警鐘は、それを受けとめる「人間」が存在してこそのテーマであり、絆の強さは、それによって支えられる互いの「弱さ」があってこそのテーマでしょう。

その意味では、この英雄伝説IVという物語は、システムやテクノロジー、絆というテーマを描くことで、その反対側に存在する「人間」「人の弱さ」といったものにスポットをあててきた、と見るのも、一つの解釈かもね。


■テーマ そして英雄伝説Vへ

なーんてことを考えながら、ぐらすはこの物語を味わっていました。そして、この物語で描かれた「絆」「システムやテクノロジーへの警鐘」というテーマは、時代的にガガーヴ・トリロジーの出発点となるIVから、途切れることなく次代へと紡がれていくことになります。

一つ目の「絆」というテーマは、IIIやVのキャラクターへと受け継がれ、二つ目の「システムやテクノロジーへの警鐘」というテーマは、ガガーヴ・トリロジー三作品をつなぐ謎の核となって、いよいよその全貌を現します。

青き民 ラウアールの波

いよいよ明かされる真実。IV本編から5年後の世界。舞台はヴェルトルーナ。物語のタイトルは、海の檻歌。

ですが、時は移り、舞台は変わっても、交わされた絆は、受け継がれる想いは、色あせることなく、いつまでも、いつまでも…。


■ゲームとして - 二つの英雄伝説IV -

さて、長くなりましたが、というか、あいかわらず感想というよりも内容整理に偏った文になってしまいましたが、内容的には、そんな感じの英雄伝説IV。

全体を通した印象としては、光を際立たせるための「闇」が濃い目に用意された物語だったんで、プレイ中にウッキウキな気分で楽しめることが少なかったかも。その分、タメにタメられたストレスが解放される瞬間、爆発的なカタルシスが感じられて、かなり気持ち良かったっす。

その意味では、人によって好き嫌いが分かれるゲームだとも思いますけど、そういった物語部分だけでなく、ゲーム全体をトータルで見てみると、これは正直、プレイ環境によって大きく異なると思われます。


PC98版について

ぐらすは二種類プレイしているのですが、まず、PC98で登場した初代の英雄伝説IV。これは正直、ファルコムの英雄伝説シリーズとは思えないゲームでした。

というのも、ゲームバランスが悪いんですよ。とにかく敵が強い。レベルを上げるため、サブイベント等に時間を費やすことになるのですが、ダンジョンや敵の種類がワンパターンで飽きやすい。雑魚でも強く、街以外ではセーブもできないので、全滅する可能性もあります。ゲームオーバーになれば、リトライする分、余計に時間がかかってしまうわけですね。

結果、本編の進行以外に多大な時間がかかってしまい、物語そのものに集中しづらくなってしまったんですよ。感覚的には、レベルアップの合間にピコっと物語を進めている感じ。本末転倒、みたいな。

もっとも、これは難易度調整や物語性向上に比重を置いてきた英雄伝説シリーズとしては???な作りなのですが、そういったベクトルで評価して済むかと言えば、そうとも言えないところもありまして。

というのも、この英雄伝説IV(PC98版)というゲーム。オープンシナリオというゲームシステムによって、サブイベント満載なゲームになっています。そうすることで自由度を高め、物語以上に、冒険することそのものを楽しんでもらおうとしていたような。そんな印象を受けるんですよ。

ただし、自由度の高いゲームとして見ても、出てくる敵が同じようなグラフィックの敵ばかりだったり、変わり映えしないダンジョンばかりだったりで、どこに行って何をしていても同じような印象しか得られず、サクッと飽きてしまう作りでしたけどね。

というのが、ぐらすの英雄伝説IVに対する認識でした。PC98版が発売された当初は。少ない小遣いをやりくりして購入したゲームでしたから、意地でクリアはしましたけど、物語も何もどーでもよくなっていて、一回クリアした後はノータッチ。記憶からもスッポリ削除したような扱いでした。というか削除していました。


Windows版リニューアル

それが、2003年だったか04年だったか。別の用事で大阪の日本橋に行った際、ふらっと入ったPCゲーム屋で、Win版の英雄伝説IVを発見。懐かしくなって購入。プレイ。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

敵の種類もダンジョンのパターンも画一的。オープンシナリオを廃したため、旅の自由度も低下していますから、あいかわらずゲーム性の面では褒められたものではないというか、自由度は下がっているというか。

ただし、PC98版の英雄伝説IVを従来の英雄伝説シリーズと同じベクトルで評価できないのと同じで、Win版の英雄伝説IVも、PC98版の英雄伝説IVと同じベクトルでは評価できないわけですよ。

オープンシナリオを廃し、サブイベントを大幅に削除したということは、その分、本編そのものの比重を高めてきたことを意味します。敵の強さも調整され、英雄伝説IIIと同じように、物語に沿って戦闘を消化していけば無問題。本編の物語一本に集中できるゲームへと大幅リニューアルを遂げたのが、Win版の英雄伝説IVでした。

物語的に見ても、基本的にはIV単体で物語は完結していますが、ポイントごとにIIIとVとの関係性を示唆する描写が加えられ、ガガーヴ・トリロジーとしての側面も強められています。幾重にも重ねられた「絆」の描写を見れば、丁寧に編み上げられた物語であることは十分に理解できるかと。

つまりですね。それまでの英雄伝説シリーズからの脱却を図ったのがPC98版。そこから逆に、それまでの(特にIIIのような)英雄伝説シリーズに戻したのがWin版。といったところなんですね。


フィードバック

PC98版からWindows版への変化。これは、PC98版で目指していたと思われる「自由度の高い冒険を楽しんでもらう」という新しいコンセプトが頓挫し、それを受けるようにして、原点である「物語ること」にファルコムが重点を置きなおした、つまり原点回帰したことを表しているのではないでしょうか。

ゲームの内容としては、IIIやVとWin版IVを比べても、それほど大きな変化はありません。多少のマイナーチェンジは施されていますが、劇的な変化はなく、基本的には同じベクトル上に存在していると言えるでしょう。

ただし、自由度を追及してゲーム性を高めたPC98版と、物語性を売りにして原点回帰したWin版。基本コンセプトが異なることで、一つの物語から二種類のゲームが生まれたのが、この「英雄伝説IV」です。

その二つの反響をフィードバックすれば、必然的に、どのレベルでゲーム性と物語性のバランスを取れば良いのかが見えてくるでしょう。そして、その結果として生まれたものが、以後の英雄伝説シリーズ、つまり「空の軌跡」というわけです。

自由度の面では、IVのオープンシナリオを進化させることで、VIでは「ブレイサークエスト」というシステムが生まれました。ですが、そういったサブイベントを盛り込みながらも、本編から意識を脱線させることなく、幾重にも伏線を織りこみながら、物語を展開させてきます。

英雄伝説IVの二度にわたる開発、試行錯誤を通じて、英雄伝説IIIの開発時点では不完全だった「ゲーム性と物語性のバランス」が、一気に向上したわけですね。

その意味では、結果的にですが、この英雄伝説IVの開発は、後の英雄伝説シリーズの進化&原点確認に大きな影響を及ぼしたように思えます。もちろん(特にWin版は)内容的にも楽しめるゲームですけどね。


■最後に

ということで、長くなりましたが「英雄伝説IV」語りは終了です。次回はいよいよガガーヴ・トリロジー最後の作品、海の檻歌について語ることになります。

トリロジー最後の作品だけあって、IIIやIVで明かされなかった謎が回収されることになりますから、そういった伏線回収も大きな見所になりますが、それだけでなく、IIIやIVで描かれたテーマの行方にも注目したいところ。

ぶっちゃけ、ぐらすの感想もどきを読むよりは、実際にプレイした方が実感をともなって理解することができると思いますが、それでも、読んでくださる方がいらっしゃいましたら、軽い参考程度にしていただければ幸いです。

それでは、また次回―。




英雄伝説 V 〜 海の檻歌 〜  バレあり感想

空の軌跡SC発売から一日経過。鬼のスピードで感想をまとめにかかっているぐらすです。こんにちは。前ふりも早々に切り上げて、本題にレッツゴー。書き終わったらSCプレイ開始じゃオラー


■ネタバレについて (注意!!!!)

III、IVと同じように「ネタバレあり」「ネタバレなし」を分けています。お好きな方をドゾー。


■世界設定(地理)

ではまず、舞台説明をば。場所は「ヴェルトルーナ」と呼ばれる世界。IIIの舞台となったティラスイール、IVの舞台となったエル・フィルディンから見ると、大蛇の背骨と呼ばれる大きな山脈を挟んで、南側に位置します。

ただし、大蛇の背骨は踏破不能、暴風雨と大渦が襲う外界も航海不能なため、ティラスイールやエル・フィルディンとの交流はありません。


■世界設定(時間)

IVでアヴィンたちがエル・フィルディンを旅してから5年後。IIIでジュリオとクリスがティラスイールを旅する50年前。三部作の真ん中の時代です。真ん中と言うにはIVに近すぎますけどね。


■オープニングより

大地にガガーブが刻まれる以前

三つの世界が未だひとつであった時代の記憶は、既に人々にはない。

大地に残ったのは罪の傷痕

人はいつから罪を背負ったのだろう?


■英雄伝説IV 簡単サックリ導入編

この世界。各地で「音楽」が盛んな世界でして、世界を巡る「旅芸人」たちが数多く存在しています。主人公になるのは、そんな旅芸人のマクベイン一座。

座長のマクベイン(63歳)。孫のフォルト(14歳)。フォルトに想いを寄せる少女ウーナ(14歳)。この三人が、暮らし慣れたラコスパルマ村を離れ、ヴェルトルーナ全土を巡るのが、この英雄伝説Vの物語になります。


■水底のメロディー

マクベイン一座の旅には、ある一つの楽曲が関わっています。それは、はるか昔、ヴェルトルーナに存在したと言われる「水底の民」が残した「水底のメロディー」という楽曲。

水底の民は、音を使った魔法によって繁栄を極めたと言われているのですが、魔法を乱用したために「魔王」を呼び覚ましてしまったとか。慌てた水底の民は「子守歌」を唱えて魔王を眠りにつかせたらしいのですが、その後、魔法を封印して、本人たちも姿を消してしまったそうです。

その「子守歌」というのが「水底のメロディー」だと言われているんですね。ただし、事の真偽は不明のまま、夢物語の一つとして、長きにわたって語り継がれていました。

ところが、V本編から50年前のこと。希代の天才音楽家「レオーネ・フレデリック・リヒター」によって、水底のメロディーが再現されたという噂が広まりました。真相は確かめられることはなかったのですが、それについてレオーネ本人が書き残した一冊の書が、巡り巡ってマクベインの手に渡ることになります。

書によると、レオーネは再現したメロディーを「共鳴石」という石に分割して刻みこみ、それぞれの石(計24個)をヴェルトルーナ各地に隠したとか。

まぁ、ここまでなら単なる都市伝説の一つとして片づけられる話なのですが、マクベインたちは、そう記されている書を手に入れた直後、ひょんなことから、共鳴石の在り処を示す「魔法の地図」を発見してしまうんですね。

長年、水底のメロディーに興味を持ちつづけていたマクベインは、共鳴石の存在を知り、また、共鳴石を探知できる魔法の地図を手に入れたことで、メロディーを再現すべく、旅立ちを決意します。

そこに、心配したフォルトの父(マクベインの息子)に言いつけられて、お目付け役としてフォルトが同行。フォルトの旅立ちを知ったウーナも一座に加わり、世界巡業の旅が始まります。


■それぞれの旅

ということで、マクベインの旅は「水底のメロディーの再現」を目的にしているのですが、フォルトやウーナも、それぞれに旅の目的を持っていまして。

小さな頃から音楽に興味を持っていたフォルトは、ゲームの冒頭、近くの街で開かれた演奏大会に参加して準優勝したことをきっかけに、本格的に音楽の道へと進むことを決意。マクベインに同行することで、マクベインから本格的に音楽を習いつつ、実戦経験を積みつつで、音楽(楽器はキタラ)の腕を磨こうとしているわけです。

ウーナはというと、ひたすらフォルト目当て。気になるフォルトが世界巡業に旅立ってしまえば、とうぶん会えなくなってしまうわけですよ。そこで、告白のチャンスを狙って同行することを決意したのが、恋する乙女、ウーナです。とはいえ、楽器(ピッコロ)の演奏もできるんで、オマケ扱いされることはないですけどね。

そしてマクベイン。10年ほど前まで世界中を旅していたベテラン旅芸人(楽器は手琴)で、各地に知り合いも多いみたい。音楽の腕はもとより、自己流の武術で正義の味方みたいなこともしちゃう、ハチャメチャに元気な爺さまです。通称、マック爺さん。決め台詞は「気合じゃ!」。

レオーネが再現した「水底のメロディー」を求めて、10年ぶりの世界巡業に旅立つマクベイン。音楽家としての第一歩を踏み出すフォルト。ほのかな想いを心に秘めたウーナ。それぞれに目的を抱いて、旅立つ三人。

珍道中のはじまりはじまりー。

ちなみに、マクベインやフォルトが飼っている愛犬も同行。名前はジャン。楽器は演奏できませんが、ペロっと一舐め、傷を癒せる名犬です。人語も犬以外の動物語も解する名犬です。防御力が低いので、後方で回復役に専念させましょう。


■旅の醍醐味

さて、それぞれに目的を持って世界巡業を始めたマクベイン一座。魔法の地図を頼りに共鳴石をゲットしていくのですが、そんな彼らの前に、共鳴石を悪用して強盗を繰り返すスィング団、悪徳商人リッシュや海賊ラモンと結託してキナ臭い動きを見せるヌメロス帝国など、お邪魔虫も登場することになります。

もっとも、お邪魔虫だけでなく、マクベインの旅仲間だったシャオ、シャオの娘レイチェル、音楽大会でフォルトと腕を競ったアルトス、自称ブロデイン外交官スレイドなど、仲間キャラもマクベイン一座に出たり入ったり。

ま、シャオとレイチェルは、アルバイトの前金だけ貰って逃げ出したり、マクベイン一座の名前を騙ってオーディションに参加したりで、あまり褒められたもんじゃありませんけど。また、アルトス少年には幼い頃に生き別れた姉がいるだとか、本物のスレイドは別にいるとかで、先々に向けて軽く伏線を貼られたりするのもポイントでしょう。軽く押さえておいた方が良いかもしれませんね。

それと、パーティーには入りませんが、スィング団討伐隊を率いるルプシャ女史、悪徳商人リッシュに食い物にされかかった公国を救おうとするエグール子爵、悪徳商人リッシュによって荒らされたリュトム島で生きるローランド&エリーゼなど、NPCキャラも登場し、マクベイン一座と助けあってガンガルことになります。

このあたり、実に英雄伝説っぽくて、ぐらすは大好き。登場するキャラクターには、それぞれに日常があって、生活があって。みんな精一杯生きているんですよ。グラフィックこそ2Dのドット絵ですが、その存在は単なる記号キャラクターではなく、そこに生きている、息吹を感じさせるキャラクターなんですね。

そんな登場人物たちに囲まれながら、邪魔し邪魔され、助け助けられて旅をつづけるマクベイン一座。そうして旅を満喫しはじめたプレイヤーの前に、いよいよ、物語の本題が登場します。


■燃えゲーム 英雄伝説V

ちなみに、全9章ある物語のうち、序章は旅立ち、1章はスィング団討伐、2章は豪商リッシュとヌメロス帝国の悪巧み阻止がメインの内容になるのですが、必見なのが2章のラスト。

この英雄伝説Vというゲーム。起伏のある音楽(特にサビの部分)を使って、物語を熱く演出してくれるゲームなんですが、その典型が2章ラストでしょう。物語的な燃えに、それを彩る音楽が絡みあって、メラ熱いんすよ。

他にも3章中盤、4章と6章のラスト、最終章クライマックスなど、とにかく良い意味でベタな「燃え」が数多く盛りこまれているので、ベタな燃えスキーな方にはお勧めなゲームです。

ただし、BGMは良い塩梅なのですが、マクベイン一座が奏でる音楽そのものは、ぐらす的にはビミョー。少年ジャンプ(2006年3月時点)で連載している「べしゃり暮らし」なんかもそーですが、あくまで「劇中で」感動に値する音楽、あくまで「劇中で」笑えるコントであるとして、一種の記号的に受けとめるのがスマートだと思いますよ。


■アリア

話を本編に戻しまして。旅をつづけるマクベイン一座が、芸術の都「カヴァロ」に到着してしばらくすると、キナ臭い動きを見せていたヌメロス帝国が本格的な侵略行為を始めたのを契機に、物語は大きく動くことになります。

カヴァロ周辺でヌメロス帝国が行った行為は二つ。一つは、自作自演なカヴァロ制圧。もう一つは、ある女性の拉致。女性の名はアリア。歌声一つで聞いた者の傷を癒す、不思議な力を持った女性です。

カヴァロの解放は時間がかかるため、自治意識の高いカヴァロ市民+ある二人の男性に任せることになるのですが、アリアの救出についてはマクベイン一座が担当。カヴァロ市民と、アリア拉致に疑念を抱いた「パルマン」というヌメロス軍人の助けを受けて、救出は無事成功します。

その後、ヌメロス軍の手が届かないところに逃げるため、マクベインたちはアリアの指示する場所に向かうのですが、その場所というのが、マクベインやフォルトからすれば信じがたい場所でして。その場所というのは

大蛇の背骨

この時代、大蛇の背骨は征服不能とされた険しい山脈でしたから、マクベインやフォルトたちにとって、大蛇の背骨に向かうというのは( ゚д゚)ポカーンな行為なんですね。

ただし、アリアは直に大蛇の背骨を目指すのではなく、カヴァロ北西部の草原にそびえる大きなモニュメントへと直行。そして、歌声一発、姿を消します。

この世界、ワープなんて技術は(一般には)知られていませんから、マクベインたちにすれば二重に( ゚д゚)ポカーンなのですが、驚きつつも、アリアの歌を耳コピしたフォルトが同じように演奏してみたところ、不思議な洞窟へとワープ。そして、洞窟を抜けた先には…。


■ジャンクション

この世界の地理の再確認になりますが、この世界は ⊥ な感じになっています。縦棒がガガーヴ、横棒が大蛇の背骨で、マクベインやフォルトたちが暮らすヴェルトルーナは、横棒の下側になるわけです。縦棒と横棒は進入不可能と考えられ、縦棒と横棒で区切られた三世界は、互いの存在すら知らない状態でした。

ところが今、マクベイン一座が降り立った地は、なんと、進入不可能と考えられてきた縦棒と横棒の交差地点。

つまり、マクベイン一座がアリアに誘われて降り立った地は、大蛇の背骨の頂上にして、大地に刻まれたガガーヴの南端ということになります。右手に見える土地(⊥の右上)は、ティラスイール。左手に見える土地(⊥の左上)は、エル・フィルディン。それぞれ、IIIとIVの舞台となった世界ですね。

こうして世界の真の姿を知ったマクベイン一座は、その地に住む民から、歴史の闇に埋もれた真実を告げられることになります。水底の民。その輝かしくも、罪深き伝説を…。


■水底の民

アリアがマクベイン一座を誘った土地の名は、シュルフ。そこに住む民は、ずばり、水底の民。

というのは後世の人間がつけた呼び名で、もともとは「青の民」と呼ばれた存在です。ガガーヴ・トリロジーの随所に現れた、超文明を持った謎の一族ですね。

里の民や族長、そしてアリアが言うには、1000年ほど前のこと、彼らは音の共振を制御することで様々な奇蹟を起こす「共鳴魔法」という魔法大系を確立し、栄華を誇ったとか。

ただし、共鳴魔法は、術者が持つ破壊や嘆きの想念(負の想念)を音の濁りとして具現化してしまう側面を持ち、魔法を乱用することで蓄積されていった音の濁り、通称「害周波」は、やがて世界を滅ぼしかけたとのこと。

当時の青の民は、消すことのできなくなった「害周波」の巨大な塊を、別世界に転送することで封印し、以後、その責任を取るようにして、青の民は人々の前から姿を消しました。

そうして姿を消した青の民の一部族が、シュルフの民です。彼らは罪の証であるガガーヴを見守りながら、資質を持った一人の「継承者」だけに、青の民の「技」である共鳴魔法を伝え、1000年近くも過ごしてきたそうです。

そして現在、族長である祖父から「技」を受け継いだ「継承者」というのが、アリアです。歌声一つで傷を癒してしまう彼女の不思議な力というのは、まさに共鳴魔法だったわけですね。

ちなみに、継承者の資質というのは、共鳴魔法を使っても「害周波」を放出しない人間であること。めったに生まれない体質らしいのですが、シュルフには10年ほど前まで、アリア以外にも「継承者」の資質を持った人間がいたとかいないとか。


■依頼

告げられた真実を前にして、マクベインたちはビビリます。

というのも、仮にマクベイン一座が共鳴石を収集しつづけ、最終的に「水底のメロディー」を再現、演奏してしまえば、それによって放出された害周波が、再び世界を滅ぼすかもしれないわけです。水底のメロディー再現というのはマクベインの夢ですが、そんな個人的な趣味で世界を滅ぼすわけにはいかないでしょう。

そう言って、共鳴石収集を断念すると伝えるマクベイン。ところが、アリアと族長から発された言葉は、その逆でして。つまり、各地に隠された共鳴石を、マクベインに回収してほしいと言うわけですね。

その理由は二つ。

一つは、ヌメロス帝国です。世界侵略を始めたヌメロス帝国が共鳴石の存在を知り、それを悪用すれば、侵略されるわ、害周波は放出されるわで、ロクなことにならないわけですよ。なので、ヌメロス帝国よりも先に、マクベイン一座の手で回収してもらいたいとのこと。

もう一つは、可能性。1000年前に害周波の本体は別世界へ転送したのですが、実は、全ての害周波を転送したわけではなくて。その一部(悪しき力の残り火)は、この世界に残ってしまったんですね。今は封印されて眠りについているのですが、万が一ヌメロス帝国がそれを解放してしまえば、再び世界は滅亡の危機を迎えることになるわけですよ。

その時に備えて、1000年の転送&封印に使われた「水底のメロディー」を再現しておきたい、というのが、シュルフの民の考えなんですよ。ちなみに、水底のメロディーは、シュルフにすら残されていません。まさに、天才音楽家であるレオーネの偉業と言えるでしょう。

他にもレオーネは、共鳴石を媒介とすることで害周波の放出を軽減することにも成功していて、マクベイン一座が共鳴石を使っても、問題になるほど害周波は放出されないみたいです。便利な設定だなーとか思いつつ、それでも、害周波の塊である「悪しき力の残り火」の近くで共鳴(石)魔法を使ってしまうと、共振作用によって残り火を活性化させてしまう危険性があるらしいので、そのあたりは要注意、とのことです。


■闇の太陽

といったところで、共鳴魔法の真実を知り、決意も新たに旅を再開したマクベイン一座。

ヌメロス帝国を共鳴魔法に近づけるな!的コンセプトで旅を続けるわけですが、ぶっちゃけ、しばらくするとヌメロス帝国に共鳴魔法の存在が知られてしまい、さらにしばらくすると、悪しき力の残り火、通称「闇の太陽」が、ヌメロス帝国の手に渡ることになります。しかも、アリアも一緒に。

マクベイン一座は、アリアを取り戻し、闇の太陽を再封印しようとするわけですが、その甲斐もなく、闇の太陽が暴走。闇の太陽は、その余波エネルギーだけでヌメロス帝国の首都を破壊した後、フワフワ漂いながら、ヌメロス帝国の隣国、ブロデイン王国の「レクト島」へと移動し、その上空で停止。急速に成長していきます。

不幸中の幸いというか、アリアの救出には成功しますし、世界侵略計画の中心だった皇帝や司令官が死亡したことで、ヌメロス帝国も正道に戻ることになります。ですが、闇の太陽が爆発すれば、世界が消えてなくなりますから、差し引きはゼロ、というかマイナス気味でしょう。

マクベイン一座は、闇の太陽を鎮めるべく「ブロデイン王国」へと向かうことになります。


■絆

ちなみに、闇の太陽とアリアが連れ去られた直後、マクベインたちはヌメロス帝国に渡ろうとしますが、その時点でマクベインたちがいる場所は、ヴェルトルーナの内海を挟んで、ヌメロス帝国の対岸になります。ヌメロス帝国は本格的に侵略活動を始めていますから、普通のルートでヌメロス帝国に渡航、潜入することはできません。

ここで登場するのが、自称ブロデイン外交官のスレイドさん。その正体は、船乗りトーマス。世界最速の「プラネトスII世号」に乗って、はるかエル・フィルディンからヴェルトルーナにやってきた、スーパー船乗りです。

さて、このトーマスという人物。IVにも登場しているのですが、他にも数人、見知った連中を連れてきていて。

一人は、ミッシェル。ガガーヴ・トリロジーをプレイしてきた人にとって、言わずと知れた大魔法使いですね。お次は、ルカくん。えー、ルティス嬢の弟さんにして、現在はプラネトスII世号の副長です。

そして、あと二人。この時点ではカヴァロ解放に向けて動いているため、合流はできないのですが(カヴァロ脱出時に姿は見かけることができます)、トーマスがエル・フィルディンから連れてきたメンバーが二人います。

アヴィンとマイル

IVで紡がれた絆は、途切れることなく、Vへと受け継がれたわけですね。


■ラウアールの波

話を本編に戻しまして。

ブロデイン王国では、実質的な指導者であるデュオール王子と、その補佐を務める摂政のスティグマ、そして、合流した大魔法使いのミッシェルさんから、色々な情報を聞くことができます。

ブロデインの王家は、シュルフの民と同じように、青の民の末裔であること。共鳴魔法という「技」を受け継いだシュルフとは異なり、ブロデイン王家は「ビオラリューム」という「器」を受け継いだこと。ビオラリュームとは、害周波の塊を制御、消滅しうる巨大な音響装置であること。

ただし、ビオラリュームは単体で機能するものではなく、ある楽曲をビオラリュームの前で奏でることで、闇の太陽を滅することができるわけでして。そして、その楽曲というのが、他ならぬ「水底のメロディー」なんですね。

ちなみに、ミッシェルによると、このまま闇の太陽が成長した場合、大爆発を起こした上、爆発によって起きる音の共振が破壊の波となって世界を覆うとのこと。その波は、こう呼ばれるそうです。

ラウアールの波

ベリアス卿が恐れた「大いなる災厄」の正体にして、50年後に現実となる脅威。その真実が明かされたことで、ここで完全に、ガガーヴ・トリロジーは一つの物語になるわけです。伏線が回収されて気持ちいい反面、深刻化する事態にハラハラドキドキ。残り2章。たっぷり楽しませてもらいましょう。


■異界

闇の太陽の爆発を止めるためには、水底のメロディーを完成させなければならない。そのことを再確認した一同は、水底のメロディーの完成を目指して、残りの共鳴石探しに全力を傾けることになるわけですが、どこをどう探しても、残り一つの共鳴石が見つかりません。

ただし、探索過程で判明した新事実がありまして。それは、1000年前に害周波の塊が転送されたと言われている「別世界」の存在です。その世界は、こう呼ばれていました。

異界

つまり、IIIに登場したイザベルやレバスの故郷ですね。加えて言えば、水底の民が後世に残したと言われる「技」「器」「業」のうち、最後の「業」が存在する世界でもあり(技はシュルフ、器はブロデイン)、レオーネが残り一つの共鳴石を持って旅立った世界でもあります。

その「業」というのが何を指すのかは、この時点では不明ですけが、とにもかくにも共鳴石を求め、異界へと向かうフォルトとウーナ。それとは別に、フォルトたちが別世界へと行っている間にビオラリュームへと向かい、トラップの解除や雑魚敵を排除しておくため、ヴェルトルーナ側に残るマクベイン。

フォルトたち「子ども」には、共鳴石という「希望」を探しに行かせ、前だけを見つめてもらう。一方、自分たち「大人」は、希望を実現するために「現実」を生きて、子どもたちが前だけを向いていられるよう、足場を固める。

そんなマック爺さんの姿がメラかっこいい瞬間でしょう。カッコいい大人が登場する物語スキーな人間には、なにより燃える展開かと思われ。とは言っても、マック爺さんはカッコいいだけじゃありませんけどね(笑)


■業

無事、異界へと到着したフォルトやウーナたち。その目に映るは、なんと、1000年前にヴェルトルーナから転送された害周波の塊。ヴェルトルーナに残った一部が「闇の太陽」と呼ばれるのに対し、異界に送られた害周波の本体は「異界の月」と呼ばれ、1000年もの間、臨界オーバーすることなく在りつづけたわけです。

というのも、異界は人の精神世界に近い性質を持つ世界であるため、害周波、つまり想念の塊にとって安定して存在しやすい場所であるとか何とか。ヴェルトルーナ側では臨界ギリギリでも、異界では多少の余裕があるようで、1000年前の転送は、それも見越して行われたそうな。

もっとも、大爆発こそ起こしていませんが、異界の月が放つ負のエネルギーによって汚染された地域は広範囲にわたっていて、そこにはヤヴァイ怪物がウジャウジャ生息していたり。

また、闇の太陽ほどではありませんが、1000年間、異界の月も少しずつ膨張していったようで。さらに、ヴェルトルーナ側で急成長している闇の太陽に、次元をへだてて異界の月がシンクロ。急激な活性化を見せているもんで、このまま行けば、近い将来、大爆発を起こしても不思議ではない状態にあります。

そんな異界の月を見ながらレオーネの行方を捜すフォルトたちは、やがて、海沿いに港を発見。そこでの案内を受けて、異界の王宮を訪れることになるのですが、そこでフォルトたちは、ヴェルトルーナ側には残っていなかった、ある一つの真実を知ります。

少し上で、水底の民は「技」「器」「業」を残したと書きましたが、シュルフの民が「技」を受け継いだこと、ブロデイン王家が「器」を受け継いだことは、既に記しました。それに対して、水底の民の「業」を受け継いだのが誰であるかは、この時点まで明らかになっていなかったんですね。

業とは、ある行為が生んだ結果のこと(だと作中では説明されます)。共鳴魔法が生んだ結果ですから、それが害周波の塊(異界の月)であることは明らかです。では、その「業」を受け継いだ水底の民の一部族とは?

こたえは、異界の民。

つまり、1000年前の転送の際に、異界へと転送される害周波の塊(異界の月)を見守るべく、この世界へとやってきた水底の民の末裔こそが、今、フォルトたちの目の前にいる異界の民なんですよ。


■異界の月の鎮魂歌

1000年前の祖先が犯した罪を贖うようにして、今を生きる異界の民。ある意味、異界の月に怯えながら暮らす彼らの毎日こそが、歴史に刻まれた罪の証だと言えるかもしれません。

今を生きる彼らは、1000年前の出来事に対して、何一つ手出しできません。いかなる術を用いても、過去は取り戻せないのですから。それでも、彼らは今を生きているわけです。異界の月という脅威を突きつけられながらも、彼らは今を生きているわけです。

そんな異界の民の真実を知ったフォルトたちは、それ以外にも、謁見した女王から色々な情報をゲッツ。

女王によると、50年ほど前に異界の王宮へとやってきたレオーネは、数年前まで王宮に籍を置いていたのですが、次期女王の選定に絡んで王宮を離れることとなり、今では行方知れずとのこと。

というのも、異界の女王は、シュルフの「継承者」と同じように、害周波を放出しない体質の持ち主が選ばれるのですが、今回は偶然にも二人の候補が生まれてしまったため、王権の混乱を避けようとする保守勢力によって、片方の女王候補が狙われてしまったんですね。

その女王候補を守るため、レオーネは彼女を引き取って王宮を離れた、というのが事の真相なのですが、星を使った天測(超正確です)によって探索しても見つけられないくらいなので、おそらくですが、天測の目が届かない異界の月の汚染地域に移り住んだと思われています。

それを聞いたフォルトたちは、異界の月の汚染地域に向かい、レオーネを発見。事情を話して共鳴石の在り処を聞き出すのですが、その際に、レオーネが引き取った少女(元女王候補)にも出会うことになります。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

銀髪の少女を目にして、ぐらすは涙が止まらないわけですが、とにもかくにも話をつづけると、レオーネが共鳴石を預けたのは、ゲルドを狙う保守勢力の中心人物にして、天測の役務を任された、女王に次ぐ権勢の持ち主でして。立場は違えど、想いは同じ。そう信じて、レオーネはその人物に最後の共鳴石を預けていたのです。

その人物の名は、レバス13世。
そして、レバス13世が擁立した、もう一人の女王候補の名は、イザベル。

つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

もっとも、このレバス13世は、あのレバスではありません。あのレバスは、レバス14世。この時点ではガキンチョで、イザベルへの贈り物である「幸せを呼ぶ蛍」をうっかり逃がしちゃったり、魔物に襲われたら恐怖のあまり暴走した挙句、異界の月の影響を受けて一時怪物化しちゃったりと、あのレバスとは思えぬ粗忽っぷり。

わんぱくでもいい、たくましく育ってくれ、ただし人は殺すなよ、みたいな。


■仮面

何だかんだあった末に、フォルトたちはレバス13世から最後の共鳴石をゲット。すぐさまヴェルトルーナへと戻ることになります。ヴェルトルーナの闇の太陽を消滅させれば、闇の太陽の影響で活性化した異界の月も多少は静まりますから、フォルトたちの行動には、異界の命運もかかってくるわけですね。

ヴェルトルーナに戻ったフォルトたちは、マクベインたちが確保した道を辿り、合流を果たすのですが、一方のマクベインたちはと言うと、道中のトラップによって、ブロデイン国のデュオール王子が消滅しちゃってたり(おそらく死亡)。

世継ぎが死んじゃって大丈夫なの?などと( ゚д゚)ポカーンしつつも、なんとかビオラリュームに辿りついた一行は、そこで「水底のメロディー」を再現。それによって、レクト島の地下にあったビオラリュームは地上へと急浮上し、あとはもう一度「水底のメロディー」を奏でて、上空の闇の太陽を消滅させるだけ!

のはずだったのですが、ここでトラブル発生。偽りの仮面を脱ぎ捨てた人物が二人。
トラップによって消滅したはずのデュオール王子と、摂政スティグマ。

基本的に、デュオール王子は善人です。ただし、それはヴェルトルーナ側の目線での「相対善」であって、全ての人間にとっての「絶対善」ではないんですよ。簡単に言ってしまうと、デュオール王子は、IIIでイザベルやレバスが選んだ道と同じことをしようとしていたんですね。

今でこそ異界は沈黙を保っているが、いざ異界の月が爆発するとなれば、何をしでかすかわからない。後顧の憂いを断つべく、今のうちに巨大化した闇の太陽を異界へと送り、異界の月もろとも異界を滅ぼしておくべきだ。

そう言って、マクベインたちの前に立ちはだかるデュオール王子。そのために、ヌメロス帝国に闇の太陽の情報を漏らしたり、共鳴石に関する文献を世に流したりして、事前準備にいそしんできたわけですね。

というデュオール王子の行動は、その背後に控えたスティグマによる事前準備の賜物なんですけどね。


■スティグマ家とレバス家

スティグマの動機は、個人的な復讐。1000年前、スティグマ家から託宣の役務を奪って異界へと消えた、ある一族への復讐。つまり、レバス家への復讐です。

そのために、デュオール王子だけでなく、デュオール王子の父や祖父の代をも操り、時に暴王として、時に賢君として、今に至る布石を用意してきたとのこと。デュオール王子には、暴君になるよう教育した父や祖父の代とは逆に、民を憂う賢君としての教育を施してきたわけですね。

もっとも、賢君になりすぎたデュオール王子は、フォルトたちから異界の実情を知らされたことで、最後の最後で転送を放棄。それを見たスティグマたんは、邪魔者になったデュオール王子を魔術で崖下にぶっ飛ばしつつ、怪しい魔術で一同の動きを封じ、ビオラリュームを使って闇の太陽を異界へと転送しようと行動開始。

本性を現したスティグマ。立ち向かうマクベイン一座&旅の仲間たち。最終決戦!


■本当の怪物

スティグマ戦は、そんなにヤヴァイ戦いにはならないのですが、フォルトたちに倒されたスティグマは、上空に漂う闇の太陽の力を吸収し、怪物化します。そちらがラスボスというわけですね。

スティグマが持つ、レバス家への復讐の念。そんな負の想念を土壌として、さらに集まってくる、闇の太陽という負の想念の塊。

やめろー! それ以上、私に入ってくるなー!

闇の太陽という負の想念の塊。その力を吸収しすぎたスティグマが、最期に放った言葉。次の瞬間、その場に現れたものは、人が持つ負の想いが重なりあって生まれた、異形の怪物。本当の怪物。

流れる最終決戦のBGMを聞きながら、ぐらすは哀しくなりました。

思うに、英雄伝説のラスボスって、みんなこうなんですよ。イザベルしかり、ベリアス卿しかり。よくわからん高次な生物とか、ヤヴァイ事象の象徴とか、そんなんではなくて、人の弱さの一側面が具現化したような存在なんですね。ある意味で、自分自身の弱さを突きつけられているような、そんな気がするんですよ。

もっとも逆に、個としては不完全ながらも、互いに支えあう主人公サイドの在りようを見て、希望を感じることもできるんですけどね。物語の構造的に言うなら、人の弱さの象徴であるラスボスの存在が「タメ」になって、そんなラスボスに、人の(不完全な)強さの象徴である主人公たちが打ち勝つってのが「燃え」になるんでしょう。


■「気合じゃ!!」

怪物化したスティグマを倒した一行。ですが、スティグマの負の想念を吸収した闇の太陽は活性化する一方。今すぐ水底のメロディーを奏でて、闇の太陽を消滅させなければならない状態です。

マクベインたちはビオラリュームに向かって走るわけですが、そんなマクベインたちに向かって、活性化した闇の太陽が雷を投下。崩れる足場。立ち尽くすマクベイン、ウーナ。

唯一、フォルトだけがビオラリュームの近くまで辿りつくのですが、ビオラリュームの防衛機構が、スティグマの負の想念に反応して結界を張ってしまったため、それ以上近づくことができません。

立ち尽くすフォルトに、マクベインがかけた言葉は

 気合いじゃ!!

必要なのは、スティグマの想念に負けないほどの意志の力。

それまでのマクベイン節が、そして物語の全てが、そこでの「気合いじゃ!!」に集約されて、笑えつつもメラ熱いわけですが、そんなマクベインの言葉に後押しされて「僕はここを通らなきゃいけないんだ」と決意を固め、結界に突入するフォルト。一度は弾き返されるも、それでも諦めず、地を這い、一歩ずつ、一歩ずつ…

がんばれ、がんばれ! 思わず、そう応援してしまうぐらす。
そして、体を預けるようにして、結界にぶつかっていくフォルト。

 や、やっと…

 ここまで来たんだ…

 こんな…

 こんな所で…


負けられないんだぁ!!


そう叫んで結界に飛びこむフォルト。
相手は、ビオラリュームの結界ではなく、結界を発動させているスティグマの負の想念。人の弱さ。
ほんの5秒ほどの時間。
それでも、マクベインたちの旅の全てが凝縮された時間。そんな時間が過ぎ去り、戦いの勝者は…


フォルト


つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚


■プロテクト

ところが、結界は突破したものの、スティグマ戦の前にデュオール王子が施したプロテクトにより、ビオラリュームは入力を受けつけない状態になっていて、水底のメロディーを奏でても作動しません。

プロテクトの解除方法というのは、ある一つの楽曲なのですが、そのことをデュオール王子から聞き出したものの、スティグマの魔術でぶっ飛ばされたデュオール王子の現在位置は崖下。応急手当によって、しゃべれる程度に回復はしましたが、フォルトの所まで行って直に楽曲を教えるようなことはできない状態です。

そこでマクベインたちが取った手段は、楽曲を知るデュオール王子に実際に曲を奏でてもらい、それを、アリアが、マクベインが、ウーナが追奏することで、フォルトまで繋げる、というもの。

奏でられる音楽。響きわたるメロディー。

ですが、わずかに力が足りないのか、ビオラリュームのプロテクトは解けません。その間にも、スティグマが放った負の想念を吸収し、ますます膨張する闇の太陽。

駄目か?

そう思われた刹那、聞こえてくるバイオリンの響き。奏者は…


■大海に響く奏鳴曲

上のほうでサラッと流しましたが、シュルフには10年ほど前まで、アリア以外にも継承者の資質を持った人物がいたと記しましたよね。そしてもう一つ。これも上のほうで軽く流したことですが、フォルトたちは旅の途中で、姉と生き別れた少年、アルトスと出会い、支え支えられて旅を続けたとも記したと思います。

奏者の名は、アルトス。

再会した姉弟。奏でられるメロディー。紡がれる絆。反応するビオラリューム。
その一方で、膨張しつづける闇の太陽。

プロテクトを解除して、水底のメロディーが鳴り響くのが先か。それとも、闇の太陽の爆発音が先か。
一瞬の、されど永遠とも思える間をおいて、その場に響いた音は…


大海に響く奏鳴曲


それは、演奏するフォルトの、マクベインの、ウーナの、アリアの、アルトスの、想いの結晶。マクベイン一座が巡ってきた、ヴェルトルーナの、そして異界の民の、想いの結晶。

一人一人の想いが、重なりあい、響きあって生まれた、至高の奏鳴曲。海の檻歌だけでなく、ガガーヴ・トリロジー全体を通じて重ねられてきた想いが、紡がれてきた絆が、水底のメロディーという一つの楽曲に集約され、奏鳴曲という音の重なりによって表現されているわけですね。


■弱さと強さ

スティグマ戦では、スティグマが持つ嫉妬や復讐の念に闇の太陽という負の想念の塊が重ねられ、そこで生まれた怪物の姿を通じて、ガガーヴ・トリロジー全体を通して描かれてきた「人の弱さ」が具現化されました。

そのアンチテーゼとして、最後の最後、人が不完全な存在であることを飲みこんだ上で、そんな弱さと同時に人が持っている「強さ」を、一人では奏でられない「奏鳴曲」として、具現化してきたわけですよ。そんな対比の構図が、綺麗で綺麗で。

しかも、スティグマが見せた人の弱さが「タメ」になっている分、ここで描かれた人の強さに「燃え」を感じることができるわけです。

もう最高に熱くて つД`)・゚・。・゚゚・* グッときちゃうー。


■エピローグ

闇の太陽は消滅し、それによって、闇の太陽にシンクロして活性化した異界の月も、多少は静まりました。しばらくは平穏無事に過ごすことができるでしょう。

ですが、異界の月そのものは依然として存在し、少しずつ成長しつづけています。その成長が限界を迎えたとき、異界の民がどんな選択を下すことになるのか。それは誰にもわかりません。

刻一刻と近づく選択のとき。避けられない運命を受けとめつつも、今という時間を精一杯に生きる、旅の仲間たち。そんなそれぞれのエピローグが描かれつつ、その合間合間で、物語を締めくくるような会話が為されます。


ウーナは言います。

わたしね。ビオラリュームの前で演奏したとき、
もしかしたら共鳴魔法の力って 祈りの力なのかも知れないって思ったの。

共鳴魔法の源は、心の想いなのよ。
共鳴魔法は、使う人の心を共鳴させるのよ。


フォルトは言います。

人の絆を紡ぐ…

自分のまわりだけじゃなくって この世界のみんなのね。

それがこれからの僕にとっての演奏…


最後に、パルマコスタの灯台で、マクベイン一座は語らいます。

もし、異界の人々が攻めてきたら
僕たちのとった行動は 間違っていたことになるんだろうか…

異界の人々がどんな選択をしたとしても ことの本質に変わりはない。
それぞれの世界に希望の種があればこそ 本当の解決を導き出せるんじゃ。
どちらかが、一方的に答えを出すなんてことは なにがあっても、あってはならんのだ。

むろん、その場に居合わせるのは 今回のように、辛く、苦しいこともある。
悩めばいい。とことん悩めばいい。
じゃがな。立ち向かうことが出来るのも その場にいる者だけに許された特権だとわかったはずだ。

約束された未来など、どこにもない。

悩んだ積み重ねが歴史になり それに見合う未来をもたらしてくれるんだ。

わたしたちの気持ちが
異界の人たちに届けばいいね。

そうじゃな。


そして、物語は、英雄伝説IIIへ。


■異界に届いた奏鳴曲







つД`)・゚・。・゚゚・*:. 。..。.:*・゚

IVとVで紡がれた絆。その絆が具現化したものが、大海に響く奏鳴曲です。その奏鳴曲を聴いた少女が50年後に歩く道は(異界時間では約20年後)、IVでアヴィンが、Vでマクベイン一座が中心になって紡いだ「絆」の道の延長線上にあるとも言えるでしょう。

IIIの感想で「IVとVの歴史を踏まえ、トリロジー全体の謎も理解した上で、時間的に最後となるIIIをプレイするのも、かなり激熱なんですよ」と書きましたが、その理由がこれ。

つまり、IVとVをプレイした人間にとって、IIIのラストと言うのは、IVとVで紡がれた絆の道の終着点でもあり、IVとVの物語分、さらに重みが加わっているわけです。

もちろん、IIIを単独でプレイして、ジュリオとクリスが紡いできた絆を感じるだけでも十分に熱いラストですし、一つの物語として完結していることも確かです。ですが、そこにIVやVの物語の重みが加わることで、驚異的な涙腺破壊力を持ってしまうわけですよ。

ただ、その結果として少女がああいった結末を迎えたかと思うと、物語のテーマがどうとか、それが大切なことなんだとか、そういうのはどうでもよくなって、ただひたすらに哀しくなるんですけどね…。


■終わらない旅

奏鳴曲を聴いた少女が、何を想い、どう行動するのか。
それは英雄伝説IIIで追いかけるとして、今はとりあえず、物語の終わりを楽しむモード。


こんなんとか




こんなんとか








■テーマ

ほとんど書いちゃったもんで、簡単なまとめになりますが、旅の途中で出会う人たちとの支えあい。絆の物語。そういう側面は、英雄伝説IIIと英雄伝説IVで描かれたものと同じに思えます。

IIIやIV描きつくされた感はありますが、だからと言って手を抜くことなく、2Dドット絵ながらも臨場感を感じさせる出来に仕上げたキャラクターたちの存在を基盤にすえて、その硬い土台の上に、キャラクター同士の交流を密に描いてきたのは、さすがに老舗ゲームメーカーの底力を感じさせてくれますね。

ただし、それ以上に見所だったのが、負の想念、つまり人間の弱さを「闇の太陽」「異界の月」という形で具現化してきた部分かと。

IVの感想でも似たようなことを書きましたが、人の強さという「光」を描くために、その光を際立たせる「闇」を描くというのは、描写にメリハリを感じさせる一つの手法でして。単純に光を書くだけでは、その光がいかに素晴らしいものなのか、見ている側には伝わりづらいんですね。光が素晴らしいものであることを感じてもらうために、あえて濃い闇を見せつける。それも一つのやり方なんですよ。

そして、この英雄伝説Vでは、そんな濃い闇を、ビジュアル的に見える形で、具体的にわかりやすい形で表現しているわけです。その最たるシーンが、嫉妬や復讐という負の想念に凝り固まったスティグマが、より大きな負の想念の塊である闇の太陽の力を吸収し、怪物化するシーンでしょう。

その意味で、この英雄伝説Vという物語は、最終的には人が持つ強さに光を当ててきますが、その前置きとして、人が持つ弱さも丁寧にわかりやすく描いていると言えるでしょう。人が持つ強さ、人が持つ弱さ。それをテーマとしたのが、英雄伝説Vなんですね。

そして、もう一つ。

英雄伝説Vの最後の敵は、共鳴魔法という「テクノロジー」ではなく、共鳴魔法というテクノロジーによって具現化された「人の弱さ」でした。これはIVで描かれた神(システム)にも言えたことですが、テクノロジーやシステムそのものが脅威となるのではなく、それを扱う人間にこそ問題があると描かれているわけですよ。

ま、この部分に関して言うなら、IVもVもテクノロジー(共鳴魔法)やシステム(神)にどう向き合うかは人間次第と描いていますが、IVはさらに、システム(神)は人間の思惑とは無関係に暴走することもあるとも描いているので、切り込んだ視点の数としてはIVの方が多いと言えるんでしょうけどね。

もっとも、視点の数は少ないですが、IIIやIVで回収されなかった伏線を処理しつつ、ガガーヴ・トリロジーを完結させてきた点においては、謎解き的な楽しみがあって、Vの方が楽しめたように思います。それぞれ、あくまで「テーマ」「謎解き」という一つの基準においてどうかという話であって、単純にどっちが上かって話ではありませんので、そこんところは誤解なきよう、お願いします。


■ゲームとして - 中継地点 -

以上で物語的な側面から見た英雄伝説Vの感想は終了です。テーマや伏線処理の面で、ガガーヴ・トリロジーを見事に締めくくってくれたわけですが、ゲーム全体をトータルで見ても、このゲームはガガーヴ・トリロジーの終着点としての意味あいが強いのではないでしょうか。

IIIの感想でも触れましたが、このガガーヴ・トリロジーというシリーズは、ゲーム性よりも物語性を重視する、場合によってはゲーム性を捨ててまで物語性に特化させる、というコンセプトで作られたゲームだと思われます。ファルコム公式サイトにある英雄伝説IIIのレビューにも同じようなことが記されていますから、ファルコムもそのことを認めていると言って問題ないでしょう。

ただし、そういったコンセプトのもとに生まれたガガーヴ・トリロジーシリーズであっても、III、IV、Vと続編が作られていくにつれて、少しずつですが、ゲーム性の面でも改良が施されているんですよ。

特に大きく変えられたのは、戦闘システム。戦法を大雑把に指示することしかできず、基本的にはコンピュータ任せのオートバトルだったのが、PC98版の英雄伝説III。そこから考えると、装備する共鳴石によってパラメータや唱えられる魔法の種類が変化するVは、人によって選ぶ戦法が違ってくるため、物語は一本道であっても、道中の戦闘を(それなりに)楽しむことができるわけです。

もっとも、それはあくまでIIIと比較しての話であって、他のRPGと比べると、かなりショボーンな出来であることは確かです。グラフィック的にも、ガガーヴ・トリロジーは最後まで2Dドット絵ですから、それこそ初代プレステのゲームと比べても負けるレベルですね。

ですが、元になる物語が丁寧に作りこまれているだけあって、ゲーム性の改良自体はわずかでも、それによってゲームのトータルバランスや受ける印象、そしてプレイの楽しさが一気に向上したよう感じられると思われ。

もちろん、手を加えるところはまだまだ幾つもあるでしょう。グラフィックの3D化は欠かせないところですし、ゲームの自由度についても、単純にサブイベントを削ぎ落として一本道を進ませるのではなく、物語本編を楽しみつつサブイベントも楽しめるような、そんな絶妙なバランスを求めて試行錯誤していくことも必要になるでしょう。他にも、物語性を維持しつつゲームトータルの楽しみを高めるような方法があるかも知れません。

まだまだ課題は多いです。多いですが、物語性を高めてゲーム性を切り捨てるという実験作(英雄伝説III)から始まり、物語性だけでなくゲーム性も高めるために自由度を大幅に上げてきた実験作(英雄伝説IV)を経て、ようやくバランスの取れた着地点を見出したのが、この英雄伝説Vだと言えるでしょう。

そして、ここで定まった方向性をもとに、その延長線上にある、高い次元でゲーム性と物語性が共存するゲームを開発すべく、ファルコムは走りつづけることになります。

ガガーヴ・トリロジーは、この英雄伝説Vで終わりました。ですが、英雄伝説シリーズ進化の旅は、終わることなく、Win版IVへ、そして、空の軌跡シリーズへと受け継がれていきます。その姿は、あたかも、ガガーヴ・トリロジーの中で「絆」を受け継いでいった登場人物たちのよう。

その意味では、この英雄伝説Vというゲームは、ガガーヴ・トリロジーの終着点ではありますが、その先へとつづく英雄伝説シリーズの開発における、一つの中継地点であるとも言えるでしょうね。

英雄伝説という旅。その旅は、まだまだ終わりませんよー。





感 想 一 覧

英 雄 伝 説

 はじめに
 英雄伝説とは? イセルハーサ編

 ガガーヴ・トリロジー (バレなし)
 白き魔女 朱紅い雫 海の檻歌

 ガガーヴ・トリロジー (バレあり)
 白き魔女 朱紅い雫 海の檻歌

 空の軌跡 (バレなし)
 空の軌跡FC 空の軌跡SC

 空の軌跡 (バレあり)
 空の軌跡FC 空の軌跡SC